今朝、筋肉を揉んでいてフト気づいたことがある。
当たり前のことなのだが、これがまた面白かったので、書こうと思う。
で、気づいたことは何かと言うと…
筋肉は縮むと痛みを発する
ただ、これだけのことだ。
何を当たり前のことを、と思うかもしれないが、フト気づいたのだ。
背中にある胸椎7番あたりを伸ばしていて気づいたのだ。
筋肉は、縮むと痛みを発する。
身体が痛みを発するときは、何か理由がある。
その多くは、「身体が適切な状態ではない」ということを示している。
適切でない身体の状態を、痛みを発することで、身体の持ち主…つまり私…に知らせて、適切な状態に戻す助けをしている。
なんて健気なんだ、筋肉。
愛すべき筋肉。
あぁ、なんて愛しいんだ私の筋肉ちゃん。
私がゲームをして前かがみになっているときも、運転しながら歌を歌っているときも一時も休むことなく働いてくれている私の筋肉ちゃん。
なんてありがたいんだ、筋肉。
そうだ、今日は筋肉に感謝をささげる日にしよう。
そうだ、そうしよう。
気持ち悪いので、この辺で話を戻す。
例えば、肩の筋肉が痛ければ、温める、筋肉を緩める、筋肉を伸ばす、力を抜くなどの対処が思い浮かぶ。
このように、筋肉は緩めることによって痛みが緩和される。
つまり、緩めることが肝要なのである。
これは、心にも当てはまる。
人の心が痛むとき。
すなわち、悲しい苦しい憎い辛いなどの好ましくない感情と呼ばれるものは、
心が適切でない、ということを示している。
では、心を適切にする、とはどういうことなのか。
どうすれば、心が適切な状態になるのか。
答えは、緩める、だ。
筋肉と同じ。
筋肉も心も同じ私の一部なのだから、同じ対処法でいいのである。
差別しちゃダメだ。
筋肉と心の対処法を分けてはいけない。
同じ対処法にするんだ。
差別すると、拗ねちゃうからね。
私は違うのぅ!?ってね。
心を緩める。
では、緩めるとはどういうことなのだろうか。
次回は「緩める」について書く。
最後になるが、「緩める」は「ゆるめる」と読む。
読めない方もいらっしゃったのではないだろうか。
ちなみに私は読めなかったw
おわり。