カーテン越しに薄明かりを感じて、

5時過ぎに目が覚めた。

しばらくして看護師さんが来て、

検温と今日の予定の確認。


ぐっすり寝られなかったけど、

この後全身麻酔で嫌でも寝るし、

と、気にならなかった。


朝ごはんは無しで、午後の手術の前に

術前に飲むゼリーが出た。


看護師さんが来て、

手術着の着替えや

着圧ストッキングを指示して

くれる。


身につけないものなど、

何度も確認があった。

あと、恐れていた浣腸がなかった!

出産の時はあったし、

ブログで書かれている方も多く拝見したので

覚悟してしていたのだけど、

やったね!!

でも、術中大丈夫なのかな?と思ったけど、

その時自分は意識不明の身。

どうにかなるのだろうと、深く考えるの

やめたデレデレ

あれこれ心配したらキリがない、

病院を信じよう。


術前に家族が来てくれて、

一番気丈だったのは母だった。

主人の緊張が見て取れたから、

別れるまでは弱音は一切吐かないチョキ

私が主人を励ましましたわよグラサン


手術室へ歩いて行く時は、

覚悟は決まっていて、

取り除いてもらって、元気になる。

早く日常生活へ戻る、と。


手術室前でまた確認があり、

思ったよりこじんまりとした

室内へ入り台へ横たわる。

怖いものは見ない主義なので、

キョロキョロしない目


準備にあたって、テキパキと

たくさんの声掛けがあって、

うなずくだけ。

そして麻酔が入る時は、

やっと緊張から逃れられる、

寝られる、とホッとした。


この後どうなるか、どんな痛みが

あるのかを知らないっていい。

緊張はあっても、怖くなかったし、

心配もなかった。


口にマスクを当てられたと思った

次の瞬間はストレッチャーで

集中治療室に運ばれてる時だった。

通り過ぎる天井に

目が追いつかなくて

気持ち悪い。

すぐに吐き気止め入れますね、

と聞こえて、若い男性看護師さんが

今夜担当しますと自己紹介してくれた。

ご家族呼びます、と聞こえて、

両親と主人が顔を見にきてくれる。


全部取れたってよ!

これから病理検査だって!

4時間以上かかったよ!

って話しかけてくれて、

私も話す気あるのに話せない。


右腰が、、。

何か銃弾などが右腰を貫通したような

重い痛みと、

寒いかのような震え。

話せない。。

痛くて震えか、寒くて震えか、

よく分からなかった。


この時はっきり悟った。

術後2週間で仕事戻る気だったけど、

絶対無理だって(立ち仕事)。

痛みが想像と別物だった。

奥深い痛みというか、、

ダメな痛み魂が抜ける

早いとこ、職場に連絡しようと

思ったのはこの時。


午後ずっと拘束されて疲れた家族も

数分居て帰って行った。


そのうち看護師さんが来て、

温風が出る機械を布団の下に入れてくれた。

おこたみたいにあったかい泣き笑い


そして、右手にナースコール、

左手に痛み止めのスイッチを

持たせてくれた。

麻酔で朦朧としていたけど、

先輩ブログを拝見してたから、

あぁ、これがあのスイッチだ!

ってすぐ理解できた。

大感謝です。

ポチって押したら、

スーっと腰の痛みが引く。


そこからは、

あったかくなってきた布団で

震えがおさまって、

目が覚めるたびに

麻酔スイッチ押して

(分かっているけどなぜか不要な連打ニヤリ)、

夜中耐えられない症状は無かった。


隣のカーテン越しに、

男性の軽いイビキが聞こえてくる。

父のイビキと共に育ったものでゲラゲラ

なんだか聞こえたきたら

ほっと安心してくる。

隣の人のイビキを聞きながら、

自分も眠くなるzzz


多分深夜頃?に、

ストレッチャーが入ってくる音と、

女性たちの

すすり泣きの声と何かを説明する

先生の声が聞こえてきた。

緊急搬送とかだったのかな?


その時、

私は予定通りの手術を受けられて、

家族に見守られて、

たくさんの人に無事を祈ってもらい、

ここで看病してもらい、

十分幸せなだと思った。


すすり泣きが本当に可哀想で、

私はもう助けてもらったから、

この泣いている方々と、

治療を受けただろう人に、

私がもらった心配と祈りを、

分けてあげてと心から願ったのを、

よく覚えている。


けど、自分自身も麻酔下だったから、

聞こえたものと、思ったものが

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