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 ◆第82回センバツ高校野球第2日 ▽1回戦 向陽2―1開星(22日・甲子園球場) 2―1の9回2死。同点の走者が三塁にいても向陽・藤田達也の心は揺れなかった。「嶋さんがどこかから支えてくれた」。昭和の大エースが投げた魔球が「懸河(けんが)のドロップ」なら、平成のエースは「飛燕(ひえん)のスライダー」だ。「1番自信のある球で打ち取ろうと決めていた」。カウント2―0からの122球目は、開星・岡慎一郎のバットから真横に逃げていった。

 伝説の左腕がマークして以来、向陽71年ぶりの完封は逃したが、現代の右腕が甲子園45年ぶりの勝利をもぎ取った。藤田が嶋さんを知ったのは、高積中時代の「和歌山の偉人を知る」という授業だった。「少しでも近づきたい」と向陽受験を決意。猛勉強の末、県内有数の進学校に進んだ。

 母・恵巳さん(38)と弟の3人暮らし。最愛の母が今月上旬に入院した。無口な長男は「何もできないけど、甲子園の投球を見て。それが最初の親孝行になるから」と書いた手紙を病床に携えた。「嶋さんに学んだのは、感謝を忘れない気持ちです」。天国の大先輩が力を貸してくれたのか、順調に回復した母は、アルプス席から元気に声援を送った。

 2回戦の相手は、過去最後の甲子園となった74年春の1回戦で敗れた日大三(東京)。「自分を信じて臨みたい」。37年越しの雪辱を果たし、嶋さんに胸を張る。

 ◆伝説の投手・嶋清一 35年に海草中に入り、36年に一塁手から投手に転向。37年夏から5季連続甲子園に出場した。身長171センチながら、足を高く上げる豪快なフォームで、左腕から繰り出す速球は150キロを超えたとも言われる。垂直に落ちるようなドロップ(縦のカーブ)を武器に、39年夏は全5試合、45イニングを1人で投げ抜き、全試合完封、57奪三振。準決勝から2戦連続のノーヒットノーランと、史上唯一の快挙で全国制覇を飾った。明大進学後、学徒出陣で45年3月に24歳で戦死。08年に野球殿堂入りしている。

 

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