画家ミレーの代表作「落穂拾い」。

元来フランスでは「拾う人」の権利が認められていて、刈り取った後の麦畑では残された穂を拾い、持ち帰ることが許されていた。

それは、麦畑に限らず、収穫のある場所全てにおいて許されていた。


このことを前提に、物にあふれ、捨てることを当然とし、拾わなくなった現代人と拾う人をドキュメントとして伝える映画。


ミレーの絵画については、昔、某テレビ番組で、あの一見ほのぼのとして受け取れる風景の裏に潜む最下級の人々の暮らしなどを伝えていたのを見ていたので、このテーマの重さをずっしりと受け止めた。

裕福な資産家や領主。そして畑を持つ農民はまだいい。その畑で暮らす小作人よりも下級の者達は、労働力を提供し、安い賃金を貰い、それを補うために「拾うこと」が許されていたというもの。


この映画では、まるで子供の頃の楽しい思い出のように、「拾うこと」が語られる。

だが、カメラは映し出す。

価格調整のために捨てられたジャガイモの山。

賞味期限切れの食材。

これらを拾いに来るのは、もったいないというだけが原因ではない。

これらの捨てるものがあるにも関わらず、生活に困る下層のものは現在でもおり、その人たちが拾いにくるという現実。

捨てる者と、拾う者。

この組織図は今も昔も変わらないのかもしれない。