出生〜幼年期
ぼくの生まれは東京の桜上水だ。
生まれて間もなくアメリカのバージニアへ。
5歳で帰国。
アメリカ時代の記憶はそれなりに残っている。
ハロウィンやサンクスギビング、イースターなんて行事に興奮した記憶がしっかり残っている。
高校の時にアメリカを訪れた時に、大地の匂いに懐かしさを覚えた。やはり、体のどこかで匂いを記憶しているものなのだなと感動した。
帰国し、吉祥寺にての幼稚園生活。
とにかく荒れていた。
ぼくはガキ大将だった。
当時はドラゴンボールが流行っていた。
ドッジボール用のカラフルなボールをドラゴンボールに見立てて、クラスごとの奪い合うゲームが流行っていた。
むしろ、それくらいしか遊びはなかった。
ハト組
チューリップ組
タンポポ組
の三組が玉をめぐって日々死闘を繰り広げていた。
殆どヤクザみたいな�=?^$,MD$$$J$,$i?4CO$h$/$F;EJ}$J$+$C$?!#
体の大きかったぼくはケンカ必勝だった。
そんなぼくらの振る舞いを保育士さんたちが傍観するはずもなく、彼女たちは全力でこの抗争に和議を提案してきた。
しかし、生まれながらに脳みそにウジが沸いていたぼくは恐るべき提案をする。
保育士撃退法として、泥団子を提案した。
保育士さんの顔面に泥団子を命中させるスキルをあげるために一時的に休み時間が泥団子遊びに変わった。
保育士さんも一安心といったところであったろう。
しかしながら、その後保育士さんたちに悪夢が待っていることは想像するに易い。
しかし、この遊びはそう長くは続かなかった。
組員がジャングルジムで格闘している時に落下して骨折するという事故が起こった。
さすがに救急車を見ると悪ガキも恐怖する。
自然と、学園から暴力は消えていった。
そして、ついに悪夢の武蔵野市第三小学校へ入学。
当時の吉祥寺は治安が最悪だった。
当時の吉祥寺はろくでなしブルースの世界そのまんまだ。
このイカれた小学校においてもぼくはガキ大将だった。
早くもクラス全員を手下に従えて、授業は気が向くものだけ参加し、朝から夕方まで校庭で遊び惚けていた。
一番の問題となったぼくの行いは、科学肥料の白い粒が詰まった袋や、校庭に白線を引くための粉の袋、プールの塩素錠など、倉庫に侵入して破壊の限りを尽くしたのだ。
その事件が騒がれ始めたが、犯人は未だに不明であった。
ここでの課題は、僕がやったということを手下がちくらないように如何に圧制を敷くべきかだった。
今まで通り先生に反抗し、女子を泣かし、生意気な他クラスのやつを叩きのめして力を誇示した。
ドラゴンボールやガンダムのカードダスもばらまいた。
そうしてなんとか危機を乗り切った。
今振り返ってもとんでもない悪ガキだった。
当時ぼく6才。
またしかし、無敵の僕にも抗えない存在があった。
社宅の中での年上の人達だった。
一年生にって二三年生は強敵だ。
絶対だったのだ。
社宅の遊びの中で僕は生まれて初めて自分の中に良心を感じるのだった。
続く
生まれて間もなくアメリカのバージニアへ。
5歳で帰国。
アメリカ時代の記憶はそれなりに残っている。
ハロウィンやサンクスギビング、イースターなんて行事に興奮した記憶がしっかり残っている。
高校の時にアメリカを訪れた時に、大地の匂いに懐かしさを覚えた。やはり、体のどこかで匂いを記憶しているものなのだなと感動した。
帰国し、吉祥寺にての幼稚園生活。
とにかく荒れていた。
ぼくはガキ大将だった。
当時はドラゴンボールが流行っていた。
ドッジボール用のカラフルなボールをドラゴンボールに見立てて、クラスごとの奪い合うゲームが流行っていた。
むしろ、それくらいしか遊びはなかった。
ハト組
チューリップ組
タンポポ組
の三組が玉をめぐって日々死闘を繰り広げていた。
殆どヤクザみたいな�=?^$,MD$$$J$,$i?4CO$h$/$F;EJ}$J$+$C$?!#
体の大きかったぼくはケンカ必勝だった。
そんなぼくらの振る舞いを保育士さんたちが傍観するはずもなく、彼女たちは全力でこの抗争に和議を提案してきた。
しかし、生まれながらに脳みそにウジが沸いていたぼくは恐るべき提案をする。
保育士撃退法として、泥団子を提案した。
保育士さんの顔面に泥団子を命中させるスキルをあげるために一時的に休み時間が泥団子遊びに変わった。
保育士さんも一安心といったところであったろう。
しかしながら、その後保育士さんたちに悪夢が待っていることは想像するに易い。
しかし、この遊びはそう長くは続かなかった。
組員がジャングルジムで格闘している時に落下して骨折するという事故が起こった。
さすがに救急車を見ると悪ガキも恐怖する。
自然と、学園から暴力は消えていった。
そして、ついに悪夢の武蔵野市第三小学校へ入学。
当時の吉祥寺は治安が最悪だった。
当時の吉祥寺はろくでなしブルースの世界そのまんまだ。
このイカれた小学校においてもぼくはガキ大将だった。
早くもクラス全員を手下に従えて、授業は気が向くものだけ参加し、朝から夕方まで校庭で遊び惚けていた。
一番の問題となったぼくの行いは、科学肥料の白い粒が詰まった袋や、校庭に白線を引くための粉の袋、プールの塩素錠など、倉庫に侵入して破壊の限りを尽くしたのだ。
その事件が騒がれ始めたが、犯人は未だに不明であった。
ここでの課題は、僕がやったということを手下がちくらないように如何に圧制を敷くべきかだった。
今まで通り先生に反抗し、女子を泣かし、生意気な他クラスのやつを叩きのめして力を誇示した。
ドラゴンボールやガンダムのカードダスもばらまいた。
そうしてなんとか危機を乗り切った。
今振り返ってもとんでもない悪ガキだった。
当時ぼく6才。
またしかし、無敵の僕にも抗えない存在があった。
社宅の中での年上の人達だった。
一年生にって二三年生は強敵だ。
絶対だったのだ。
社宅の遊びの中で僕は生まれて初めて自分の中に良心を感じるのだった。
続く
