こんにちはです。
BBブログ水曜日担当のたけぢぃです。
もし歴史上の誰かに成り代われるとしたら
誰になりたいか。
こんなこと、空想することありません?
今や世界はグローバル化、IT化やらで、
どんどんと未知が既知に、
不可能が可能に、
不便が便利になってきています。
私達は今や
海を眼下に飛行機で移動する手段もあるし、
日本から地球の反対側へ一瞬でメールを送ることも、
そもそも地球が丸いことも知ってる。
今から800年ほど前なんて、
まだ世界地図なんてなかったはずだし、
その頃の人間は身の回りの世界にすら無知で、
不安だらけだったにちがいない。
その頃イタリアの水の都、ヴェネチアで育ったマルコ・ポーロは
父親と叔父に連れられて、遥か大陸の東、
中国へ旅をしたのです。
子供の時に読んだ伝記の、かすかな記憶ですが、
マルコの中国への旅は何年もかかったはずです。
ヨーロッパを離れれば、そこで会う人間、
足を踏み入れる土地がどんなかは、
殆ど根拠のない噂話しか耳にしなかったことでしょう。
原因不明の病に倒れたり、原住民の襲撃に怯えたり・・・
まさに命を懸けた旅路だったに違いありません。
マルコが中国にたどり着いたとき、東に黄金の国があると
聞かされます。
黄金の国、ジパング。
今の私達の日常が黄金に囲まれている訳ではないけれど、
マルコポーロが見たら、それ以上のショックを受けることでしょう。
何しろ私達は、彼の故郷の街を、箱の中の絵で見ているのだから。
僕はこのジパングから、韓国、中国と船で渡り、
ユーラシア大陸をあっちらこっちらほっつき歩いて、
十数ヶ月経ったある日、ヴェネチアに入りました。
飛行機を殆ど使わない、列車とバスと歩きだけの旅。
それでも僕は、ここはイタリアと呼ばれる国で、
安い宿はどこにあって、どこから次の国へ行けるのかを
既に知ってしまっています。
既に知ってしまっている。
僕は旅に出ている数年間、携帯電話を持っていなかったし、
全ての持ち物は背中に背負った7キロ弱くらいの荷物に
集約されていた。
それだけいろいろなものを削ぎ落としていたのだけど、
それでも800年前、マルコが中国にたどり着いた感動には
かなうはずもない。
いいなぁと思う。
僕はWEBの会社にいるのが自分で不思議に思えるほど、
そういうことがいいなぁと思えてしまう。
ところがなぁ、いちど日常に身を落ち着けてしまうと、
実際の僕は電車が5分遅れているだけでイライラするし、
お腹が減ったときに駆け込める吉牛がないと困る。
慣れてしまえばそれがないと我慢ができない。
タチが悪いのは、もっともっと便利なものができて、
楽になっても、決して感動が比例するとは限らないことだ。
そんなこんなでマルコ・ポーロは僕の憧れの偉人なのである。
は、それはそれはおかしなモノでしたから、今度にはアリスが茶会を開く事にしました。
