札ド参戦もあと3つ。人ごみ嫌いの主人は家で、私は送ってもらってドームへ。
歩道橋の上で幼児の泣き声がする。結構な混みようで、大人に囲まれたら3、4歳児には周りもよく見えないだろうに。なんだか付かず離れずのところおじいちゃんはいるらしく、3、4歳児は、レジ袋にビールの500缶、カルピスのペットボトルを大事そうにもって「おじいちゃん…おじいちゃん嫌い……おじいちゃんしゅき…おじいちゃんてば…えっぐ…大嫌い…」足は止まらないの。小走りになったり、歩いたり。周りの大人はおじいちゃんと孫ちゃんか同じ視界にいられるように気を配りつつ、孫ちゃんにおじいちゃんは向こうに行ったよと話しつつ移動。
何があったのかは知らないけど、あの人ごみの中で手を放し、目切るのはやってはいけないことだ。迷子になる。大嫌いは大好き。この子の野球観戦は辛いものになるのかしら。入る前に帰っちゃうのかも。
おじいちゃんと呼ばれる幸せ。手をつないで歩ける幸せ、可愛がれることの幸せ。孫が健康でいることの幸せ。忘れがちなのね。せつないな。
私の孫、あっくんやっと5カ月目。私の夢の一つに一緒に札ド参戦。なのでうらやましいシチュエーション。なのに何故にあの男の子は泣かないといけないんだろう。何があってあんな感じに?躾の一端なのかしら。私の胸も痛むよ。さみしくてなけてくるよ。
若いおじいちゃん、孫はオモチャじゃ無いんだからね。