2日前の記事で
野球が絶対うまくなる方法 として
野球ノートを書くこと を 話題にしました。
多くの方に コメントをいただきました。
コメントを お寄せいただいた方 ありがとうございました。
そして
多くの方に 続けていくことの難しさ を指摘いただきました。
15日の自主練習には 7人の子供たちが 参加しました。
5年生 2人
4年生 2人
3年生 2人
1年生 1人
上出来です(笑)
ひとり ひとりに ノートを渡します
そして
名前を 書いてもらいます。(コレ大事じゃないですか?)
子供たちに もう一度
野球ノートを 書くことの 意味
を 説明します。
説明を聞いている子供たちの 眼差しは
澄んでいて きれいです。
野球が うまくなるには
コーチの教えを 聞いた方が いいことが多いよね。
でも 人間は 忘れっぽいから
ノートに 書くと いいよ。
説明は これだけ です。
3年生までは 理解できた ようです。
野球ノートを 書くか 書かないか は
指導者の範疇を 越えるような気が 私はします。
管理しようとは 思いません。
ノートの提出も しようとは 思いません。
子供にとって
野球が うまくなりたいか どうか は
その 子供の意識 ではないでしょうか?
指導者に 強制されるものではない と考えます。
うまくなりたい と言うのに
素振りを しない
柔軟運動を しない
野球ノートを 書かない
それは 本当に うまくなりたいのでしょうか?
寒い冬の 自主練習に 来るくらいの子供たちですから
この日 ノートを 渡した子供は
意識の強い子供たちだと 思います。
うまくなりたい子供への サポートは しますが
そうでもない子供は
別の 他の 何か 夢中になれるものに
時間と 集中力を 使えばいいのでは ないだろうか
と 考えています。
あくまで 主役は子供
うまくなる( かもしれない )道筋は 教えられますが
その道を 歩くのは 子供
歩くのも 自由
歩かない のも 自由
きっと いろんなことを 強制したら
もっと もっと もっと 強いチームが出来るでしょうね。
でも ちょっと 私の野球感と 違うのですよ。