だんな様は旅が好きなぽっちゃりさんです。ぽっちゃりっていうかぼっちゃり…かな、、

流産して意気消沈している私を思って旅に引きずり出してくれました。妊娠するずっと前からこの旅は決まっていたけど、妊娠もあったりで、どうするか保留していました。少し違うものを見て気を紛らわせるのもいいかなと思い、深夜バスに揺られて京都へと向かいました。

初めての深夜バスに、少々緊張していて、熟睡しているだんな様を見ながらほとんど寝ないまま京都へつきました。
早朝7時頃の京都は恐ろしく寒く、起きぬけの乗客はみんな足早に各々の目的地へと散っていきました。
だんな様と私は京都タワーの下にある銭湯に行って暖まってから観光することにしました。

関西に縁のない生活をしていたから 
テレビで普通に流れるような「おおきに」というあいさつが日常で使われていることに感動でした。

大学4年間を京都で過ごしていただんな様は懐かしさとうれしさで一人盛り上がっていました。

ベタに 東山慈照寺や鹿苑寺なんかのお寺や市場めぐりをしたあとに、だんな様の知り合いと食事をしました。総勢9人で。。。鴨川の見える素敵な場所でした。
1歳半の子供を連れてきていた人がいました。お父さんにそっくりな顔つきと子供ならではのかわいらしさで、たちまちみんなの人気者に。だんな様も私も子供が大好きなので、食事よりも子供のしぐさが気になってしかたありませんでした。

将来きっとこんなかわいらしい子供を授かることができるはず   ずっとそればかり考えていました。。。


夜は彼のお友達夫婦の家へ。私たちの少し前に結婚した二人はまだまだ新婚ほやほやのアツアツカップルでした。関西だなぁと思わせるお嫁さんの肝のすわった態度がとても新鮮でおもしろかったです。きちんとはっきりものを言えるって素敵です。
初めてのWiiで遊んだ後に少しお嫁さんと話をしました。


普段近くに主婦友がいない私にとって(九州出身なもので…)、話を聞いてもらえるのはすっごくありがたいことです。年が近いこともあって、いろんなアドバイスをもらえました。

旦那とうまく楽しくやっていくには… 夫は妻に何を求めているのか… などなど。

うちは共稼ぎなのでうまく家事を分担しながら協力しなければならないんです。しかし、私が重度の怒りんぼ症&おおざっぱなもので やさしい旦那さまの性格につけこんでいろいろと迷惑をかけっぱなしです。機嫌が悪いと八つ当たりもします。妊娠中はとくに具合も悪かったので家庭は若干すさんでいました笑

来年のテーマが 「楽しく明るい家庭生活」 なので
みなさんの意見を素直に取り入れて楽しく笑いの絶えない家庭を作るつもりです。



翌日は嵐山の花灯路と竹林を楽しんで
清水寺の舞台から下をみてずぅ~んとして



新幹線で帰りました。


新幹線サイコー!



もちろんお寺では安産祈願して(今はまだおなかからっぽですが)

 頭痛お守りを買いました。(偏頭痛がひどいので)



ふとしたときに流れ出る涙はどうしようもないけど、 この旅でとても癒されて 行ってよかったですぷーさんキラキラ(オレンジ)
忘れないように妊娠したことを書き留めておこうと思います。26年間生きてきた中で一番精神的にまいった出来事だったにも関わらず、

さすが人間、少しーずつ記憶がうすれています[emoji:i-179][emoji:i-201]

妊娠がわかったのが10月10日頃。いつもより生理が遅れてる、、、
野生のカンで 妊娠かな?と思って検査薬を試すと、ものの10秒もたたずに陽性反応。
9月15日に結婚式をして、まだ式の余韻に浸っている時だっただけに、ショックを隠せませんでした。新婚旅行もキャンセルし、具合の悪い日々。でも、ショックな気持ちは、病院に行って赤ちゃんを確認してからすっかりなくなり、我が子を楽しみに待つ毎日が始まりました。

今思えば頻繁に出血していたのかも… 毎日片道1時間以上電車に揺られて通勤したり、引越しを控えて気持ちも焦っていた私は、母親としての慎重さがなかったんだと思います。腰の痛みや茶色の出血はたびたびあったものの、鮮血じゃないしな  とか 仕事が忙しくて病院行く時間もないしな と緊急性がないって自分で決めつけていました。

切迫流産になっても、安静にしていて無事に我が子と対面できた人は友達にもいっぱいいます。 ちょっとおかしいなと思って早めに病院へ行く それができなかった自分は母親としての自覚がまったく足りていなかったのだと思います。。。。

9週目に心拍の止まった我が子に気づかず、11週まで過ごしていた私。つわりが引いたことに不安を感じながら病院に行き、動かなくなっている赤ちゃんをエコーで見たとき、自分の中で何かが崩れていきました。

やっぱり… なんてことしちゃったんだろう… 

妊婦さんや子供があふれる待合室で声をあげて泣きじゃくってしまいました。。。



病院のオペは詰まっていて手術できないらしく、他の病院を紹介され、フラフラになりながら次の病院へ。もう一度確認してもらったら  …やっぱり流産の診断。

土日をはさんで月曜日に手術を行いましょうとのことでした。


家に戻るまでにも涙は止まらず泣いてばかり。通行人のギョっとした顔を横目に泣きながら帰り着いて また泣いて、、、 帰ってきただんな様と一緒に泣きました。泣きすぎて顔が腫れあがり、頭痛でぐったりしました…


体は正直なもので、流産の言葉を聞かされた瞬間から 出血が。月曜まで体がもたず、日曜日に進行流産で緊急手術となりました。下腹部の激痛 大量の出血 麻酔で薄れる意識の中、赤ちゃんとだんな様に申し訳なく 心の中で手を合わせていました。


術後も体の調子はなかなか戻らず、おっぱいまで出てきて… もう3週間が経とうとしてますが、体も心も元に戻るのはかなり時間がかかりそうです。




子を授かるということは、本当に神秘の世界でできていて、本当に母親である女性は大変なんですねハ-ト嬉
2007年という年は私にとってとても意味のある 深い1年になりました。
2回の引越し、転職、結婚、妊娠、流産。
めまぐるしくて 息をつく暇もなくて 

ただただ目の前に迫る現実を受け入れるのに精一杯でした。

結婚したら幸せになりたい お金ももっとほしい 赤ちゃんも欲しい けど二人の時間も大切にしたい…

考えて実行できるほどの力は   私にはなかったみたいです。



あと少しで2007年が終わります。
2008年はもっと実りのある年になる気が…  します・・・ハートちょんちょん