男はほとほと疲れた様子で、公園のベンチに腰掛けた。ガックリとうなだれ、顔には生気がない。男はこの日、全てを失った。仕事も家も家族も……友人も。「さぁて、これからどうするかな……」そこへ、桜の花びらが。「フッ、皮肉なもんだな。桜ってのはこうしてとっくに散ってるのにこんなにきれいだなんて……俺は生きてるのに、こんなにくすんでるんだぞ!」誰にもぶつけようのない怒りをぶちまけた。「腐っても鯛」「散っても桜」どんなに落ちぶれても品格は劣らない事の例え。散っても尚、鮮やかな桃色を保ち続ける桜の花弁。男は無意識に自分の人生と対比させてしまった。「ボワッ」地面の上の「散り桜」の一枚が突然発火した様に光り輝き出した。またしても「ボワッ」桜の発光は止まらない。「思念波」が送られてくる。「これはあなたの深層心理を可視化した物です。あなたはすでに答えを知っています。それをお教えしましょう。」「お、俺の深層心理だって?そんな事できるのか?」「桜は触媒です。宿る物がないと可視化できませんから。」桜は男が進むべき道に「花の絨毯」となって道筋を示した。「レッドカーペットみたいだな……桜だからピンクカーペットだけど……」「さぁ、その上を歩いて下さい。桜が途切れたら、また新しい道筋を示しますから。男は言われるがまま、桜の絨毯を踏みしめた。藁にも縋る思いだった。男は完全に進むべき方向を見失っていた。どんなに優秀で高性能なナビを使ってもルートを示してくれる事はなかった。「一度死んだ身だ。失う物が何も無いなんて、これ以上楽な事はない。」そう思えたら、ふっと心が軽くなった。男が歩を進める。すると、桜は「ファサッ」と向きを変え、男が本来歩むはずだったルートを指し示す。「そうか、こっちに行けばいいんだな?」男は一歩、また一歩と花の絨毯の上を歩く。導かれるまま。「人間というのは不幸になる様に生まれてはいません。幸せにしかならない様にプログラミングされているのです。皆さん、外的要因で忘れてしまうだけです。錆びついてしまった魂のナビゲーションシステムをほんの少し復活させるだけです。生来、備わっている能力というのはそれだけ間違いがないのです。」

「道に迷った時は花を追え。桜吹雪がお前の行く末を祝うだろう。花は知っている。最も光が差す場所を。花は知っている。水を満々と湛えた在り処を。花は知っている。蕾を開くべき時期(とき)を。お前も知っている。進むべき道を。困難という壁に阻まれて不可能という言葉を強化させただけだ。お前の行く手を阻む物など何もない。その堅固な檻に自分を閉じ込めたのは自分自身だ。千両役者が歩く道を何と言う?それを花道と言うんだ。花で埋め尽くされた道。すなわち花道を肩で風切り、進むがよい。」今日もあなたに幸あれ。続く。