濵矩光(はま・のりみつ)35歳職業大手ショッピングモール食品売り場チーフ。彼は出勤前、鏡を見ながら「笑顔」の練習をしていた。口角を上げて「ニーッ」目尻も下げて。これには切実な理由があった。「今って、マスクの着用は任意じゃん?ウチのお客さんもマスク着けてない人、だいぶ増えた。でも、従業員は別。流行り病は落ち着いても引き続きマスク着用は義務。だからずっとマスク着けっぱなし。3ヶ月前はそれでもよかったんだけどな……」ため息交じりに呟く。彼は今、思わぬ「難敵」に苦戦している。それは「出勤」と「退勤」時の打刻システム。まずは第1の関門。全従業員が利用する従業員専用出入り口。ここの打刻システムは「社員証」をスキャンするだけなので問題なし。そして第2の関門。各売り場やテナントの事務所の出入り口。ここは「顔認証システム」だが「マスク着用」のままでもOKなので楽々スルー。そして事務所の中に入るともう一度「勤怠確認」のため「顔認証」をする。「退勤」時は従来通り「マスク越し」でも大丈夫だが、「出勤」時だけシステムが変わり、マスクを外し、「笑顔」を作らないとダメになってしまった。濵はどうもこの「笑顔認証」と相性が悪いらしく、度々エラーになってしまう。「あー、イヤだな。今日もまたエラーになったらどうしよう……」軽く憂鬱だ。濱は元々口角が下がり気味、おまけに吊り目と来てる。この顔つきは生まれつきなので仕方がない。友人や知人からは「怒ってる?」と聞かれる事がしょっちゅうある。本人は至って普通にしているだけなのだが、真顔でいるとぶすっとしている様に見えてしまうらしい。「まぁ、この顔つきだし、正確も淡々としてるからな。確かに笑顔作るのは苦手かもな。」もちろん、一切笑わない訳ではない。お笑い系の動画などを観て笑い転げる事はあるし、友人や好きな人と話している時だって普通に笑ってはいる。しかし、それ以外の場面で満面の笑みを見せる事はなかった。どちらかというと無愛想に振る舞っているかもしれない。いつもの様に出勤。「おはよーっす」さぁ、「犬猿の仲」の「笑顔認証」だ。距離を調整し、マスクを外し、ニッコリと笑顔キープ。「ピッ」エラー表示。もう一回。「ピッ」やはりエラー。まだチャレンジしたいが始業時間が迫ってる。ここで断念。「ちぇ、またかよ……」「ハハハ、濵ちゃん今日もエラー?」同僚が茶化す様に話しかける。「そうだよ。勘弁してほしいよ。」濵は「報告書」に「打刻エラー」の理由を書き込む。後から来た別の同僚は始業1分前に「顔認証」一発で余裕でクリア。「何が違うんだろうな?」濵は首をひねる。よく見ていると同僚だってきちんとした笑顔を作っている訳ではなく、口角を上げているだけだ。。それなのに、この差は何だ? 

「笑顔認証さん、今日のご機嫌はいかがでしょうか?また僕の渾身の笑顔を認識せずに弾いてしまうのですか?笑顔が硬いのは百も承知。これでも本人としては頑張ってるんです。笑顔が足りないなんてひどい事言わないで下さい。ひとつ、ここは大目に見てくれませんか?えっ?もっと笑えって?そんな殺生な。他の人は10回中1回か2回ぐらいしかエラーにならないのに、どうして僕だけ10回中5回はエラーにするんですか?これじゃ毎回報告書、書かなきゃいけないじゃないですか。」ところで、あのお店、「スマイル0円」って本当かな?今日もあなたに幸あれ。続く。