山村武晴(やまむら・たけはる)56歳。中堅食品メーカー商品企画部部長。部長という役職兼肩書きはついてはいるが、完全に出世コースからは外れ、ほぼ昇格や昇給の可能性は低かった。山村はある時、仕事の最中に気付いてしまった。「俺の人生って全体的に薄っぺらい……」という事に。幼少の頃から「自主性」や「主体性」に乏しく親や他人の言いなりになって生きてきた。「ただ、なんとなく」言われた通りの事をやり、「ただ、なんとなく」決められたレールの上を歩いてたきた。よくよく考えてみれば今の会社だって、どうしてもこの会社に就職したかった訳ではなく、「なんとなく」が基準だった。結婚相手だって本当に好きだったからその人に決めたのかと言われると怪しい。会社にしろ、結婚にしろ、それでも「なんとなく」長持ちしてしまっている。「俺の人生を一冊の自叙伝にしようと思ったら、書く事ほとんどないぞ……」そんな山村が折りに触れ思い出すのが32年前、24歳の若さで逝った幼なじみの神崎豊(かんざき・ゆたか)の事だ。「アイツは絵になるよ。誰が見てもドラマティックな生き方してたからな。アイツじゃなくて俺があの時死んでた方がよかったんじゃないか?」ふと、そんな思いが頭をよぎる。「アイツは使命に燃えてたんだ。周りに与える影響もハンパじゃなかった。皆を巻き込んで、羨望の眼差しを向けられて。誰もがアイツに付いて行きたいと思ってた。アイツの周りにはいつも人だかりが出来て、笑いが絶えなかったなぁ……」当時は神崎に対し嫉妬し、素直に成功を喜べない自分が居たが、今なら心の底から尊敬できる。「人より大きな使命を抱えてる人っていうのはその分人生の全てをギュッと凝縮させるんだろうな。だから短命に終わるんだ。それにしたって、早すぎるだろ……」

「若くして時代に名を残す人は、より大きな使命を帯びる。だから社会に多大な影響とインパクトを与える。富や名声だってその分手にするだろう。それと引き換えに計り知れない重圧に耐え、責任だって増す。賞賛を浴びる代償に誹謗中傷だって数知れず。人気者ゆえ引く手あまた。求める人が多いから。心と体が休まる事なく走り続ける。本来なら80年生きられる寿命を持ちながら、その半分にも満たない人生に全てを凝縮させる。出し惜しみする事なく。フルスロットルで生きる者は身を削る。果たして彼らに悔いはあるか?」今日もあなたに幸あれ。続く。