某芸能事務所が所有する専用劇場では所属するお笑い芸人たちによる新春恒例の「初笑いライブ」が開催されていた。どの芸人たちも年始から笑ってもらおうと気合が入っている。そんな中、ある「ピン芸人」も緊張の面持ちで自分の出番を待っていた。この芸人は絵を描くのが得意でその画力を活かし、主に「フリップ」を使った「フリップ芸」を得意ネタとしていた。だが、どうも今日は様子がおかしい。トップバッターとして先陣を切った「コンビ」も二番手の「トリオ」も沈痛な表情になり、項垂れ、首をひねり、ポリポリと頭をかいたりしている。「ピン芸人」は不安になる。「おい!お前ら、揃いも揃ってどうしたんだよ?そんな暗い顔してさ。」「お前も舞台に上がったら分かるよ……」同期の芸人が吐き捨てる様に言った。「ピン芸人」は出番前に客席を覗いてしまうと極度にあがってしまうので、なるべく見ない様にしていた。「とにかく、やりづれーんだよ……」そして、いよいよ「ピン芸人」の出番だ。勢いをつけて舞台の「上座(かみざ)」から中央へ。だが、ここで他の芸人たちが「やりづらい」と言っていた意味が分かった。今日の客席は異常にうるさかった。通常、こういう場では客は舞台上の演者のネタを真剣に見ようとするので「暗黙の了解」として「私語厳禁」だ。しかし、この日は客同士がペチャクチャと話していたり、大声で笑ったり、つまらなそうにスマホをいじくってたりする。「ピン芸人」は心の声で「勘弁してくれよ。いつもなら劇場側で注意するのに何で今日に限って何の注意もしないワケ?」雰囲気の悪いまま、ネタを披露。お得意のシュールなフリップ芸を繰り出した。案の定、客は芸人に注目しておらず、相変わらずうるさいままだ。かと言って「静かにしろ!」と怒鳴る訳にもいかない。仕方なくそのまま次のネタヘ。だが、これも不発。結局終始ウケないまま討ち死にとなり、出番終了。

「皆さん、少しは静かにして下さいよ。いつもなら私の芸でドカンドカンと大爆笑が起こるんですけどね。これじゃまるで私が思いっきりスベったみたいに見えるじゃないですか。こちらとしては笑いに飢えてる皆さんにせっかく新春早々笑いをプレゼントしようと思ってたのに、台無しじゃないですか?特に石川県近辺の方々に笑ってもらいたかったのに残念です。そんなに私語を慎まず、演者にも注目しないんなら渾身のギャグを放っても意味無しですね。いっその事、その口に猿ぐつわでも嵌めましょうか?そうしたら、嫌でも黙りますよね?そうしたら、やりやすくなりますから、もうね、そんなにつまんないならチケット代払い戻しますから、どうかお引き取り願いますか?」今日もあなたに幸あれ。続く。