「ねぇ、どうしたの!こんな所に居ちゃ危ないよ。」少年は食料を調達して家に帰る途中、行き倒れになっている少女を見つけた。少女の身体はとても冷えていた。心臓に耳を当て、口元に手をかざす。辛うじて息はある。少年は急いで少女を担ぎ自分の家へ連れていった。               「どうして、こんなに冷たいんだ?もうすぐ真夏だっていうのに。」確かにこの辺は真冬になると雪が降り、氷点下になる事も珍しくない。しかし、今は夏だ。北極や南極にでも行かない限り、こんなに身体が冷える事はないだろう。少年はとにかく少女の冷えきった身体を温めようとした。熱い湯を沸かし、暖炉に薪をくべ、部屋をガンガンに温めた。その暑さにたまらず少年は玉の様な汗をかいていた。                           「病院、連れていった方がいいのかな……」少年は迷った。しかし、そうはせず自分が付きっきりで看病をする事にした。少女はある国の王女だった。しかし、少女を気に入らない魔女によって氷の世界に閉じ込められ、長きに渡って氷漬けにされていたのだ。何度も脱出を試み、命からがら脱出した物の、そこで気を失ってしまった。                                                                       「大丈夫かな……助かるかな……」尋常ではない冷たさだ。通常ならとっくに息絶えていてもおかしくはない。だが、少女は奇跡的にも生きていた。身体は硬直し、その瞳は閉じられたままだったけれど……少年は寝る間を惜しんで少女の身体を温め続けた。何日も、何ヵ月も。眠り続ける少女。微動だにしない。それでも呼吸している事は確認出来た。その瞬間は不意に訪れた。少年が少女の傍らでウトウトしていると、微かに漏れる声。「ここは……どこ?」え!今の声って……」少女は長き眠りから覚めた。あんなに冷たかった身体もすっかり温まり、生気が戻っていた。「よかった!」少年はただ、ただ嬉しかった。最初は単純に少女の事を同情したり憐れんだりしていた少年だが、毎日、その姿を眺めている内にそれとは違う感情が芽生えていた。それは初恋と言えばいいのだろうか。眠りから覚めた少女も不思議な感覚に襲われていた。意識はなかったはずなのにしっかりと誰かに見守られている愛の波動を感じていた。開いた瞳の前には慈愛に満ちた穏やかな顔。見覚えはないはずなのに懐かしさと安堵感で涙がこぼれていた。「私がずっと感じていたのは、あなたの温もりだったのね……」少女もまた無意識下で見ず知らずの少年に恋をしていた。二人はその時、幼いながらもすでに永遠の愛を誓った。このままずっと一緒に居られる事を願った。二人は明くる日から仲睦まじい共同生活を始めた。少女は言う。「ねぇ、これって夢じゃないわよね?これは現実の世界よね?」少年は答える。「うん、そうだよ。夢なんかじゃない。君はもう目覚めたんだ。しっかりとね。」まだ年端も行かない二人だったが、もう何年も連れ添った夫婦の様な趣きがあった。二人とも孤独だった。ずっと寂しかった。そんな二人が惹かれ合い、片寄せ合うのは必然だった。年齢など関係なく。この幸せな時間は永遠に続くと思われた。ところが、運命のいたずら。今度は少年が病に倒れてしまう。少女はショックだった。自失呆然とした。しかし気を取り直して必死に少年の看病に当たる。「私は彼にこの命を救ってもらったんだもの。今度は私がお返ししなきゃ。」少女は口を真一文字に閉め、自分が命を賭けて彼を救おうと決めた。二人はもう一心同体なのだから。                                                           「暗く冷たい氷の中で私は眠り続けた。心も身体も冷えきって一度は完全に生きる事を諦めた。絶望の淵から私を救ってくれたのは、きっとあなたのその熱い想い。一生溶ける事のない万年雪を溶かすよ(う)に、固く閉ざされた私の心と身体を強く抱きしめてくれていた。あなたのその温かさが溶けないはずの万年雪を溶かした。もしもあなたと出逢っていなければ、今頃私はここには居ない。だから今度は私があなたを助ける番だ。あなたが私に降り積もった万年雪を溶かした様に私も全身全霊であなたの雪を溶かしてみせる。あなたを氷の世界には行かせはしないから。」少女の一途な想いは少年に伝わるのだろうか。少女と入れ替りで冷えていく少年は救われるのだろうか。行く末を案じるのみだ。今日もあなたに幸あれ。続く。