「点滴」                                                                       杉村は仕事中、急な体調不良を覚え仕事を早退した。医師からは過労だと言われ、点滴を受ける事になった。「過労って……そんなに疲れるまで仕事してないんだけどな。」だが思い当たるフシもあった。「とりあえず仕事に打ち込んどけば仕事の事だけしか考えなくて済むからな。多少、嫌な事あっても頭の中、忙しくしとけばほかの事忘れられるし。」杉村は処置室に案内され、そこで点滴を受ける。「それにしても点滴打つのっていつ以来だ?」基本的に大きな怪我や病気をした事がない杉村は前回点滴を打ったのがいつだったのか全く思い出せなかった。ポタッ、ポタッとゆっくり落ちる点滴。それをただ無心に見つめる杉村。心の中には色々な感情が湧いては消え、湧いては消えを繰り返す。そこで感情の棚卸しをしてみる事にした。喜=自分がこれまで嬉しかった事。自分はどうされたら喜ぶのか?自分にとって喜びとは何か?怒=自分がこれまで一番腹が立った事。自分はどんな時怒りの感情が湧くのか?どんな事をされたら怒るのか?哀=自分がこれまで一番哀しかった事。自分はどうされたら哀しいのか?そしてどんな時哀しくなってしまうのか?楽=自分がこれまで一番楽しいと感じた事。何をしている時、楽しいと感じるのか?自分にとって楽しみとは?等々ありとあらゆる感情が渦巻いていた。そして「俺って、点滴みたいだって言われた事あるけど、そう言われてみればそうかもな。」どういう意味か?杉村が大学生の時のゼミの教授から、「君は例えて言うなら点滴みたいなタイプだね。」と言われた事がある。その時は意味が分からず、教授にもその意味を尋ねてみたが、上手くはぐらかされて答えてはもらえなかった。その後、今の仕事に就き、沢山の人と会う機会が増えた。そこでも「杉村さんって、点滴みたいな所、ありますよね?」と言われた。この時もピンと来なかったので適当に流してしまった。世の中はざっくりと大きく分けて「高速大量拡散型」の人や物と「低速少量拡散型」の人や物に分けられる。杉村の場合、後者に当たる。杉村は自己主張が強くなく、前に出るタイプでもない。だから人に与えるインパクトはどちらかと言えば薄い。発言も行動も目立たない。だが、そんな杉村のファンは案外多い。穏やかで誠実な人柄がじわりじわりと周囲の人に影響を与えていくのだ。そう、まるで点滴の様に。杉村はその内ウトウトし始めた。だんだん呼吸もゆっくりになっていく。点滴が身体中に流れていくと同時に気付かぬ間にすり減っていた心も満たされていく様な気がしていた。」もし、あなたが今満たされていないのなら、点滴の様にちょっとずつでいいので、心の栄養を補給してみませんか?どうかご自愛を。今日もあなたに幸あれ。続く。