「断崖」                                                                       時は中世。ある所にとても仲の良い兄と妹が居た。妹は生まれつき体が弱く、大半を家の中で過ごしていた。「私の体が丈夫だったら、お兄ちゃんともっと外で遊びたいな。」「そうだね。僕もお前とお陽さまの下でめいっぱい遊びたいよ。」しかし、妹はガラスの体。それは叶わぬ夢。兄は自分だけ他の友達と外で遊んでいる時は胸が罪悪感でいっぱいになる。申し訳なさで締め付けられそうだ。「ごめんな……僕だけ楽しい思いして。」その罪滅ぼしか、家の中で出来得る限りの遊びを兄妹で楽しんだ。「家の中だって、こうして遊べるんだ。」そんな時、妹の体調が思わしくなくなる。原因不明の高熱が出て、耳鳴りや吐き気、その他ありとあらゆる症状が襲う。町一番の名医も完全にお手上げで、さじを投げた。「残念ながら私の手には負えません。」絶望的な言葉。それでも家族は食い下がる。「先生、本当にこの子は助からないんでしょうか!何か治療法はありませんか!」医者は首を横に振る。しばし考え込んだ後、「うーむ、これはあくまでも噂なのですが、この辺りで一番高い山の断崖絶壁にだけ生える薬草はこういった原因不明の病にも効くとか……しかし、医者の私がこんな話をお教えするのは心苦しい。」今で言う都市伝説並みの信憑性に欠ける話だ。しかし家族にとっては藁にもすがる思いだった。「それなら、その薬草を僕が採りに行く。」兄は力強くそう言った。家族の期待を一心に背負い、兄は断崖を目指した。               「僕は妹の為ならどこへでも行く。それが断崖でも、地の果てでも、この世の終わりでも。命を分けた大切な妹。絶対に元気になってもらわないと困るから。思いっきり陽射しを浴びながら、野原を駆け回ったり、草の上で寝転んでひなたぼっこしたり。こんなささやかな夢だけど、僕はまだ妹とこんなちっぽけな夢さえ実現した事がないから、実現させる為に断崖に行くよ。妹の夢は僕の夢でもあるから。」遥か遠く深い山々を抜けて、兄は断崖に行った。不治の病の妹を救うべく。一縷(いちる)の望みを賭けて。兄は薬草を手に入れたのだろうか?そして妹はどうなったのだろうか?その結末を知る者は誰も居ない。今日もあなたに幸あれ。続く。