「プレタポルテ」                                                       杉村の取引先の専務成田はいつもお誂えのスーツでビシッとキメている。                                       「専務はいつも素敵なお召し物を身に着けていらっしゃいますね。流石です。」スーツだけではなく、ネクタイやピン、カフス、靴や鞄、ハンカチといった物にまで気を配り、軽快でスマートな印象を与える。「おっ、ありがとう。一度オートクチュールで作っちゃうと既製品はどうも体が受け付けなくなるんだよ。別に自慢したい訳じゃないんだ。杉村君、君も一度フルオーダーで一着ぐらいは身に着ける物、作った方がいい。本物を知るっていう事も大事だぞ。高ければいいってもんでもないが、上質な物は肌にスーッと馴染む。それに持ちがいい。飽きが来ないから一生着回せる。男は女と比べて服に選択肢が少ない。だからこそ、質にこだわってみるのもいいもんだ。」「うーん、何かそういうの、憧れますね。でも、僕なんかが着るとソワソワしそうです。」「ワハハ、そうか?」杉村は自分の着ている紳士服店で店員に勧められるがままに買ったセットのスーツが急に恥ずかしくなった。「本物に触れよ、か。そういえば、新しいスーツ買ったのっていつだっけ?仕事柄、他の会社員よりは枚数持ってるつもりだけど、どれも似たり寄ったりだよな。値段もそんなに代わり映えしないし。」杉村は自分が上質なスーツやジャケットを着ている姿を少し想像してみた。                                                               「そんなにこだわりがないのなら、大量に流通するメイドインチャイナやベトナムでもいいけれど。たまにはドレスコードがある店で豪勢なディナーを楽しむ事もあるだろう。そんな時、安物のプレタポルテよりも世界でたった一着のオートクチュールの方が断然見映えがいい。最初は着慣れなくて、気恥ずかしくて、七五三の時の子供みたいだけど、服に引っ張り上げられて、人間としてのレベルも段々とグレードアップして、しまいにはそのスーツに見合った風格が出てくる物さ。プレタポルテにも良さはあって、気軽に羽織るにはちょうどいい。いつもプレタポルテばかり着ているのならば、背伸びしてオートクチュールのステージへ踏み出してみようか。今は身の丈に合っていなくても。」今日もあなたに幸あれ。続く。