「A  BEAUTIFUL  NAME」                                         この日は朝から仕事が立て込んでいた。まともに食事を摂る時間もなかった。昼を過ぎてようやく一段落した。                                                       「何とか片付いたな。」空腹ではあったが、これと言って食べたい物が浮かばなかった。           「ハンバーガーでいいか。」近くのハンバーガーショップに入る事にした。注文した品を食べ、一息ついていると、自分が座っている隣の席の座面と背もたれの間に何か挟まっているのを見つけた。手に取ってみると、白いスマホだった。                                                                           「誰か忘れたんだな。」幸い、すぐ近くに交番があったので、そのまま届ける事にした。           「すいません。」「はい、何でしょう?」警官が応対する。「そこのハンバーガーショップでこのスマホを拾ったんですが。」「ああ、そうですか。では遺失物ですね。」警官が書類を取り出し、手続きをしようとしていると、一人の若い女性が血相を変えて交番に飛び込んで来た。                                                                               「あのー、すいません。スマホ落としたみたいで、届いてませんか?」急いでいる様だ。           「スマホ?ちょうど今、スマホ持ってきてくれた人居るんだけど、これだったりする?」警官はそう言って手にしているスマホを見せた。       「あっ!それです!そのスマホ!」「じゃあ、本当に君の物か確認させてもらうね。今、このスマホに電話してもらうから、念のため名前と電話番号教えてくれる?」「あっはい。名前は望月みゅう。番号は⚪⚪⚪‐⚪⚪⚪⚪‐⚪⚪⚪⚪です。」「ちょっと待って。みゅう?どんな字書くの?」「えっと、心に結ぶって書きます。」「へぇー、これで心結(みゅう)って読むんだ?近頃の親御さんは名前に凝るからねぇ。」警官は理解出来ないなぁといった顔をした。杉村は自分の電話を貸し、心結が白いスマホに電話をかけた。電話の通信音が鳴り、ディスプレイには確かに心結のフルネームと電話番号が表示された。「確かにこれは君のスマホみたいだね。でも一応、こちらに届けられて君が受け取ったって記録に残さないといけないからこの書類書いてもらえる?」一連のやり取りを終え、スマホは無事に持ち主の元へ帰った。二人は交番を後にする。二人で少し歩いた。心結は杉村にお礼を言った。「ありがとうございます!このスマホ買い換えたばっかりで、どうしようって思って。結構高かったんで見つからなかったら、しばらくスマホ使えなくなる所でした。」「それは良かった。いや、偶然俺のすぐ隣にあって目に入ったからさ。」「バイトに行く途中であそこに寄って、ちょっといじってて、ちゃんとポケットに入れたつもりだったんですけど、落ちちゃってたんですね。」「自分で言うのもなんだけど、拾ったのが俺で良かったと思うよ。日本って外国に比べると圧倒的に忘れ物とか落とし物戻ってくる確率高いけど、他の人に拾われてたら多分アウトだったかもよ。個人情報とかだだ漏れになってたりして。」「ホントそうですよね。いい人に拾ってもらってよかったです。助かりました。」「いいえ、どういたしまして。ところで、君の名前、心結って言うの?もしかしてご両親、ポケモン好きだったりする?ほら、ミューっていうキャラクター出てくるじゃん?全然違ってたらごめんよ。」「あー、たまに言われるんですけど、違くて、母親が小泉今日子のファンで、その中でも特に「夜明けのミュー」って歌が好きだったから、そこから取ったって聞いてます。」「あーはい!はい!そういえば昔、そんな曲あったね。何となーくうっすら覚えてるよ。でさ、心結って読みにくいよね?本人的には気に入ってるの?」「う~ん、確かに一発で読んでもらえないし、絶対聞き返されるし、不便だなって思う時もありますけど、心を結ぶっていいなとは思ってます。だから結構気に入ってます。」心結はスマホに目をやり、時間を気にしていた。「すいません。バイト遅れそうなんで、もう行ってもいいですか?本当にありがとうございました。」心結はそう言うと深くお辞儀をして、足早に杉村の元を立ち去って行った。                                                                               「夜明けのミューね。キラキラネームってヤツか。杏奈は、まぁ普通か。」                                   「オーソドックスな名前、キラキラネーム、シワシワネーム、その種類は千差万別。どんな名前にしたって、そこには名付けた人の何らかの意図が込められているんだ。かっこいい名前、可愛い名前、難しい名前、簡単な名前。気に入っていようが、いまいが自分が産まれてから、これまで一番口にして、一番呼ばれて、一番書いてきた言葉。人間が一番最初に配られるIDが名前なんだ。あんまりにもヘンテコな名前だったら改名するべきだけど、例えしっくり来なくてもずっと付き合って来たからね。気に入らないと感じてる名前でも何かのきっかけで愛着が湧いたりするんだよ。BEAUTIFULNAME  IS  WONDERFULNAME。」今日もあなたに幸あれ。続く。