だらだらといつまで続くんだって感じですが、思い出したことを書き留めておこうと思ってます。
ほぼ自分の記録です。
もう見てる人もいないと思うし。
ベルがお空に行ったのでもう思い出は増えないし、新しい思いも出てこないのかなと思っていたんですが、まだまだ今頃になって気づくことなどあってちょっと驚いてます。
あぁ、こんな事だったんだ、とかね。
私が前に進んでいくと、そのレベルに応じた気づきが訪れるというか。
この間も次男が来て、
「ベルがいないって、なんか不思議な気がしない?」
と言うので、
「いや、別に…、いつも一緒にいるし」
そして、
「そうそういつまでもいられないんだよ、期間限定で来てたんだしね、ベルにも次に生まれ変わるとかの都合もあるし」
と答えてて、なんかこれは言わされたなぁ、って感じで、自分で言いながら気づきました。
そして、一緒に住んでいないと逆に寂しさを感じるものなのかもと思いました。
散歩に行くときにこのゲートを開け、帰ってくると閉じていたのですが、最後に病院に連れて行くときに開けたまま、ゲートを閉じることはありませんでした
次男は週に1度くらいうちに仕事をしに来るんですが、生前ベルは次男の気配に気づくとタタタタっと走って行ってじゃれて喜ぶのが常だったのに、今はその足音も聞こえないし、ベルの姿も見えない。
いつものあの風景がなくなってしまった。
どうしてないんだろう、
と、前との落差を寂しく感じるんだろうな。
次男はその空気の違いになかなか慣れないのかもしれない。
まぁあれだけ可愛がっていたからね^^
その寂しい感情も愛情だと。
☆
ところで、ワンコも人間と同じように、肉体を脱いだら細かい粒みたいになって飛び散って宇宙に溶け込み、また時期が来たらそれが形をとって現れるのではないかと思ってます。
ほんとのところは誰にも分らないと思うので、自分が信じたことが真実と思うしかない。
で、ワンコも神様に遣わされてこの世に降りてくるんだよね。
そして、今まで経験してないことをやって、ジグソーパズルみたいに足りないところを埋めていって、完全な魂に近づいていくんじゃないのかなぁ。
そう思うと、ベルは今回、
沢山かわいがってもらう事、
美味しいご飯をいつも食べられる事
いつも一緒にいてもらう事
を経験しに来たのかもしれない。
幸せな犬生、というのを経験したがっていた魂なのかもしれないね。
でも、今回の犬生でそれはたぶん(飼い主の自己満足ながら)堪能したと思うので、もうこれ以上の幸せな生活ってのはないんじゃない?もう生まれ変わってくる必要がないんじゃない?と思ったら…
そうか、今度は病気のない体で生まれてくるのかも。
次は健康な体でうんと長生き、ってのを経験するのかもね。
倒れる前日の昼間。気持ちよさそうに寝てるね
ベルは今はニコニコして元気な体で私のそばにいるそうだから、多分生きてた時も幸せだったと思うけど、大きな爆弾を持って生まれてもきたからね。
同じ病気の子と比較しても、ベルの場合は特別に重かったんだなぁと思うにつけ、よくあの小さな体で頑張ったね、辛そうな顔も見せずに、と今更ながら思います。
さてと、今週は長男の住む神戸に旅行に行ってきます。
もちろん、ベルの写真と一緒に。






