#五十四の瞳 | 新宿信濃町観劇部日記時々野球とラグビー

新宿信濃町観劇部日記時々野球とラグビー

兵庫県出身。還暦直近の年男。文学座パートナーズ倶楽部会員。

作:鄭義信 演出:松本祐子

 

祝・文学座本公演復活。withコロナの時代、様々な工夫をこらし感染対策も万全。関係者の努力に感謝。

そしてその公演は、様々な意義を感じさせる成果をもたらしたのではないかと思う。

 

冒頭から文学座らしくない、いや新喜劇かと思わせるような展開。喜劇的要素はその後もそこここに散りばめられ、それでも笑いと涙が同居するなかでスピーディな展開に観客は引き込まれたのではないかと思う。鄭義信の戯曲が伝えたかったろうメッセージは私なりに受け止めることができた。

 

瀬戸内の西島という舞台では戦後まもない時代でも多様性への寛容があった。今の不毛ともいえる日韓関係は、鄭が描く当時の島の人々からすると「べっちょない」という状況では全くない。

 

教育の重要性が戯曲のモチーフであったことは事前の情報で理解できていた。朝鮮人と日本人が机を並べて学ぶ学校。朝鮮系の先生たちも出自に由来する多様性を踏まえた教育姿勢でいたことで、マンソク・チャンスと良平の友情も育まれたのではないか。同じ民族同士が戦った朝鮮戦争。その不毛な戦いが未だに南北の分断をもたらしている。民族の違いを越えた、人と人とのつながりの暖かさを示すストーリー。それに私たち観客は涙する。

 

たかお鷹・山本道子のベテラン二人の演技が重低音的に舞台を支える。主役のチュンファ松岡依都美の充実ぶりは嬉しい限り。インチョル先生神野崇との掛け合いの切れ味がいい。キム・クムジャの頼経明子はそのコミカルな演技が継続的に客席に笑いをもたらし、越塚学・杉宮匡紀・川合耀祐の若手の躍動感がリズムを与える。

 

2時間45分が心地よく過ぎていく。台詞のやりとりがスピーディで、方言の違和感もなく、非常に良質な作品だったように思えた。西日本出身の俳優はともかく関東出身の越塚にはかなりハードルが高かったはずだが、それをクリアしたからこそ演技の深みにチャレンジできたのではないかと思う。

 

細かいことだが、インチョルとチュンファが酌み交わす酒は白雪だった。白雪酒造は伊丹の祖父母の家から近いところにあり、工場から酒粕の香りが漂ってくる子供の頃の記憶が蘇ってきた。

 

息子と観劇し、そのあと酒を酌み交わしながら感想を交換した。私たちはそんな平和な時代に生きている。

 

ここ数年、文学座の本公演・アトリエ公演は欠かさず観劇してきた私だが、来週から長野県での仕事が始まるため今後はすべて観劇することは叶わなくなる。そんななかで、コロナ対策もあって配信で観劇できることはありがたい。それ以外にも、物販のクレジットカード・電子マネー決済やwebアンケートの導入など、劇団としてもDX対応に着手してくれていることに感謝したい。