#熱帯樹 シアタートラム | 新宿信濃町観劇部日記時々野球とラグビー

新宿信濃町観劇部日記時々野球とラグビー

兵庫県出身。還暦直近の年男。文学座パートナーズ倶楽部会員。

作:三島由紀夫 演出:小川絵梨子 
 
三島が文学座に書き下ろしたのが1960年。栗田桃子を楽屋に訪ねてその話に触れたところ、その場面に居合わせたかったな、と。三島と杉村春子・三津田健はじめ文学座スターキャストたちが稽古場で交わる姿を彼女なりに想像したのだろうか。無論いちファンである私の考えの全く届かない世界なのだが。
 
フランスでの実話を下敷きとし、ギリシャ悲劇のエレクトラも意識して書かれた作品だという。歪んだ愛、背徳と憎しみ。その非日常性或いは非倫理性を極力日常の世界に落とし込む意図が小川絵梨子の演出にあったそうだが、非日常性は非日常の世界にいないと、演じる側にはかなりの負担になるだろう。それをこなし切った五人のキャストはあっぱれ。この日のカテコは4回。林遣都ファンと思われる女性客が多数、か弱い兄・勇が強い妹・郁子に背中を押され、背徳の純愛を全うする姿を的確に演じていた。小川は「悲しみを背負いつつも、愛おしさを感じる存在」と。
 
オーディションで選ばれたという岡本玲。死に向かう自らの運命に達観しつつ、家庭内の同性である母に向けた嫉妬或いは憎悪。郁子のこの感情を腹に落として表現するのは並大抵のことではない。
 
唯一の客観的立場で、家庭の崩壊を見守った信子(恵三郎の従妹)を演じた栗田桃子。冷静というよりは無関心。その在り方は、「わが町」で死者たちが淡々と語る様に似ていた。今回は客席に安心感を与える役柄のようで、安定した言動はまさにその効果があったように思えた。
 
母律子と父恵三郎。初演の杉村春子・三津田健も観てみたかったが、中嶋朋子・鶴見辰吾もなかなかのものだ。これだけジコチュウを見せられると、確かに無関心にもなる。信子の場合は別の理由があるのだが。「恵三郎が作った人形から一人の母になろうとする様は、悲しく、深く胸を打たれます」(小川)。そう、中嶋の演技は流石だった。
 
「ミシマというだけでどうしても「耽美」という先入観は頭をよぎってしまいます。でも小川さんは最初から「そういうものは取っ払いたい」と」
栗田)「三島の論理とは異なる解釈も持ち込みつつ、この作品のなかにある砂金を一所懸命すくっているような状況です」(中島)「小さな家族という世界に、ギリシャ悲劇のように人間の根源的な、原始的な衝動や欲求が詰まっているように感じています」(小川)
 
初演が私が生まれた年。三島の作品では初期に当たるそうだが、紡がれる言葉の芳醇さには驚かさせれる。現代の私たちは、それに触れて脳裏で場面を想像する楽しみを忘れてしまっているのかもしれない。
 
舞台セットが非常に特徴的で、可動式の間仕切りが空間を巧みに作り上げる。お見事。