岡山遺跡ものがたり-おとっちゃん(29)- | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

岡山遺跡ものがたり-おとっちゃん(29)-


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こうして徳太郎と小巻は上京することになりました。

そしてビジネスホテルに滞在し、星乃花や文学振興会のメンバーとともに、都内で署名活動に参加しました。

徳太郎はビラも作り、大王グループの圧力により、店が再開できないことなど、自分の窮状も必死で訴えかけました。

当初の署名獲得目標は一万―

しかし一週間経っても、なかなか署名は思うように集まらず、目標達成はかなり厳しい状況でした。

それで、疲れ果てた徳太郎と小巻は、一旦岡山に帰り出直すことにしました。

それから一週間が経ったある日―


星乃花が、携帯電話に連絡をしてきました。

電話に出た時、彼女は興奮状態でした。


「徳太郎さん、やったよ。すごいことになった」


「えっ? 何がどうしたん?」


彼女とは対照的に、まだ店の再開の目途も立たず、失意にくれていた徳太郎は、やや戸惑い気味に問いかけました。


「ネットで火が付いたのよ」


「ネットで?」


「そうよ。メンバーの人が動画サイトで、私たちの運動の様子を映像で紹介したの。そしたらアクセス数がぐんぐん伸びていって、いつの間にか私たちの訴えが、全国中に広がっていたの。あちこちの掲示板サイトに、大王グループや笹塚を実名で非難するスレが立ち上がって、振興会のフェイスブックにも、何万という人たちの、大王グループや笹塚を非難するコメントが寄せられてきてるのよ。徳太郎さん。あなたを応援するコメントもたくさん寄せられたわよ。笹塚は出版社やマスコミに圧力をかけることはできても、ネット社会にまでは力を及ぼすことができなかったみたい」


「ええっ……そんなことが起きとったんか……暫く田舎の家でぼーっと過ごし取ったけえ、全然気づかなかった」


「そう。そしてそれだけじゃないの。そんな動きが広がっていくうちに、以前私たちがホームページで公表した『おとっちゃん』の原稿を、短い間だったにもかかわらず、密かに保存していた一般の人が何人もいたことが分かったの。その人たちが個人のサイトで、一斉に原稿を紹介し始めたのよ」


「なんと。そりゃあ笹塚も大変じゃ。あれだけ世間に知られとうなかった秘密が、いまや白日の下にさらされたも同然なんじゃから」


「そうよ。私たちの運動は、決して無駄じゃなかった。この動きわ受けて、大王グループの株価も急落してるみたい。ここまで運動が激しくなったら、もう一般のマスコミも、いつまでも目を閉じてるわけにはいかないでしょうね」


「そうか。よかった。ほんと、よかったな星乃花さん。笹塚に一矢報いることができて」


「ええ。でもこれはまだまだ序章に過ぎないわ。そうそう。徳太郎さんにもう一つ報告しなくちゃいけないことがあった。私ね。この追い風に乗って、やっと再就職が決まったの。笹塚の息がかかっていない、小さな出版社だけどね。でも私、これを契機に、絶対にこれまでの笹塚の悪行を、世間に告発してやるの。それが私のライフワークだから」


「そうか。よかったな、星乃花さん。本当によかった。頑張ってな。俺、ずっと応援しとるから」


「ありがとう、徳太郎さん。私も一日も早くお店が再開できること、祈ってるわ。徳太郎さんも頑張って」


「ああ。ありがとう……」


こうして星乃花に別れを告げ、一旦電話を切ると―

すぐさま再び電話が鳴りました。

慌てて出ると、それは保健所の脇坂からでした。

脇坂は困惑した様子でした。

そして妙にへりくだった口調で、話しかけてきました。


「小和田さん、誠に申し訳ありませんでした。こちらの手違いで、お報せするのが遅くなってしまいまして……実は検査の結果が出ておりまして……食中毒の原因となる菌類は一切発見されませんでした。お店の営業を再開して頂いてけっこうです。直に御伺いしてお伝えしたかったのですが、お店の方にはご不在のようでしたので。まずはお電話でと思いまして……」


それを聞いて徳太郎は、思わずほっと安堵の息を洩らしました。

大王グループや笹塚の悪行に世間が注目し始めたとはいえ、笹塚が更に態度を硬化させ、再び必要以上の圧力をかけてきたらどうしようか?

内心、そんな不安を拭いされないでいたからです。

しかしその電話で、徳太郎は確信しました。

笹塚側は、これ以上自分に圧力をかけ続けるのは、却って自分たちにマイナスになると判断したのだと―


「いえ、いいんです。ご連絡ありがとうございました」


徳太郎は淡々とそう応えると、電話を切りました。


脇坂は一介の職員だ。

不本意ながら、権力者から無理やり、回答を遅らせるよう、言われていたたに過ぎない。


それが分かっていた徳太郎には、脇坂を責める気など、毛頭なかったのです。


こうして、徳太郎と小巻は、無事に店を再開させることができました。

そしてそれを機に、徳太郎は小巻のアイデアを聞き入れ、思い切って店名を変えることにしたのでした。

その新しい名前は―


「とっちゃんラーメン」


漱石の幻の小説「おとっちゃん」にちなんだものでした。

そしてこの試みは成功を収めることになりました。


小説はネットで話題を呼び、ちょっとした漱石ブームを巻き起こしていたのです。

そのため、小説の主人公「おとっちゃん」の子孫が経営している「とっちゃんラーメン」という名前のラーメン屋が岡山にあることが、たちまちネットで話題となり、いつしか店は、連日行列ができるほどのにぎわいを見せるようになっていたのです。

そんなある日のこと―


閉店後、後片付けをしている時、突然小柄な老人が店を訪れました。

徳太郎はその老人の顔を、しげしげと見つめました。

丸顔で、皺くちゃだらけの顔―

徳太郎はなぜか、その顔に親しみを覚えました。

と、その老人の後に続いて、今度は頑強な体格をしたスーツ姿の男が二人、険しい表情で店に入ってきました。

彼らはまるで、その老人を警護しているかのような、緊迫した雰囲気を漂わせていました。

と、徳太郎は戸惑いながらも、その老人に声をかけました。


「あ、あのう。すみません。今日はもう、閉店なんですけえど」


すると老人は、狡猾な笑みを浮かべると言いました。


「始めまして。私、笹塚と申します」


「えっ?」


「笹塚ですよ。笹塚剛三です」


(つづく)


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