岡山遺跡ものがたり-おとっちゃん(19)-
「お兄ちゃん、大丈夫?」
と、小巻も駆けつけ、声をかけてきました。
「ああ。あいつ、車で逃げた」
「なんで追いかけんの?」
「キーを落としてしもうた」
「ドジ」
小巻が呆れてそう言いましたが、徳太郎にはもはや口応えをする気力などなく、ショックのあまり、そのまま地面にへたりこんでしまいました。
「お、お兄ちゃん、どうしたん?」
すると、小巻が心配して声をかけてきたので、徳太郎は掠れた声で言いました。
「す、すまん、小巻。俺がまちごうとった」
「何よ、いきなり」
「真犯人は、あの木島じゃった」
「き、木島って。あの大王の?」
「そうじゃ。あいつが本庄を車に乗せて逃げ去った。間違いない」
「てことは……」
小巻はそこまで言うと、そのまま押し黙ってしまいました。
徳太郎への気遣いからでした。
しかし徳太郎は、辛い気持を堪え、あえて自分の口で、その先を言いました。
「ああ。星乃花さんと木島は裏で繋がっていた。つまり、グルだったわけじゃ。騙されたよ。まんまと」
その時突然、徳太郎の目から、悔し涙がこぼれ落ちました。
と、徳太郎は小巻に見られまいと、慌てて右手で涙を拭いました。
しかし小巻はそっとしゃがみ込んで、徳太郎の背中をさすりながら、優しく言いました。
「ええんよ、ええんよ。お兄ちゃん。兄妹なんじゃけえ、遠慮せずに泣けばええよ」
すると、涙の量は一層勢いを増していきました。
「しょせん、俺の人生はこんなもんじゃ。弱くて人がええもんが泣きを見る。俺はもう、誰も信じられんようになった。店もやっていく自信がない……」
徳太郎はそう呟き、まずは立ち上がろうと両足に力を込めましたが、うまくいかず、ふらついてしまいました。
小巻はそんな彼を、そっと支えました。
「ありがとう。やっぱ俺の味方は、この世でたった一人。お前だけじゃな」
徳太郎はそう呟いていました。
と小巻は照れを隠すように、慌てて話題を切り替えました。
「そ、そう言えば変よね」
「何が?」
「だって、なんで木島があの原稿を狙っとったんじゃろう?」
「うーん、そうじゃな」
徳太郎もふとそれに気づき、思わず考え込んでしまいました。
とその時―
いつか星乃花が言っていたことを思い出しました。
大王グループの会長は、日本食品振興協会という厚生労働省の外郭団体の理事を務めていて、協会自体も大王グループからの出資で、運営がまかなわれているんです―
そして協会の理事には、政財界のドンと呼ばれる、笹塚剛三の名前も連なっています―
大王グループは笹塚の強力なバックボーンがあるので、やりたい放題なんです―
「なるほど、そうか」
すると、徳太郎はそう呟いていました。
「お兄ちゃん、何?」
「大王グループと笹塚は繋がりがあるって、いつか星乃花さんが言っとった。じゃけえ、笹塚のご機嫌取りのために、大王もあの原稿探しを手伝っとんたんかもしれん」
「ああ、そう言えば笹塚と大王の会長は、何とか言う協会の理事をしとるって、言うとったね。だから大王は、笹塚の力で、何でもできるみたいなことも言うとった、てことは、星乃花さんは、木島がうちに送り込んだスパイだったってわけか。だとしたら、許せん。私、絶対に許せん。お兄ちゃんの心をもてあそぶようなことを平気でするなんて。しかもそらぞらしく、父ちゃんの葬儀にまでやって来て……あれも原稿のありかを探っていたんね。なんて女よ」
「もうええ。それ以上言うな。小巻」
「でも……」
とその時―
徳太郎の携帯電話が鳴り響きました。
慌ててシャツの胸ポケットから取り出し、電話に出ると―
それは星乃花からでした。
「徳太郎さん?」
「星乃花さん、これは一体、どういうことなんじゃ?」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。あなたを騙すようなことをしてしまって。でも分かって下さい。これはあなたを守るためにやったことなんです」
「俺を守るため? どういうことなんじゃ? 星乃花さん」
「もうお別れです。ごめんなさい、急がないと。この間はいろいろありがとうございました。それじゃあお店、頑張ってください」
星乃花は、すごく急いだ様子でそれだけ言うと、ぷつりと電話を切ってしまいました。
「もしもし? 星乃花さん、どういうことじゃ? 」
徳太郎は無駄だとは知りながらも、何度も問いかけずにはいられませんでした。
すると、今度は小巻が徳太郎から電話をひったくると、星乃花に文句を浴びせました。
「もしもし。星乃花さん? あんた、よくもぬけぬけと電話なんかしてこれたね。絶対に許さん。許さんからね……」
しかしすでに応答はありませんでした。
すると、徳太郎はぽつりと呟きました。
「星乃花さんの様子が変じゃ。それに俺を守るためにやったって。どういうことなんじゃ? 一体……」
(つづく)

