岡山遺跡ものがたり-おとっちゃん(18)-
すると、小巻が呆れて言いました。
「なっ、何を言っとるん? お兄ちゃん……正気なん?」
しかし、徳太郎は真剣な眼差しを小巻に向け、きっぱりと言いました。
「ああ。本気じゃ」
「だって、あの人、お兄ちゃんを騙したんよ。なんであんな人に味方するんよ? それに父ちゃんの遺言はどうすんのよ? 父ちゃん、絶対にあれを守れと言うとったじゃない」
「ああ。父ちゃんには申し訳ねえと思うとる。でも俺には、星乃花さんの気持ちが、痛いほど分かるんじゃ。笹塚いう、とてつもない権力者に立ち向かおうとして失敗し、しかもそのせいで、会社がピンチにさらされることになってしもうて。今回のことは、その尻拭いをするために、止むにやまれずやったことじゃと思う。俺、星乃花さんが時折見せた、何か思い悩んどるような表情を、今思い出したんじゃ。きっと星乃花さんは、自分の心の中で葛藤し、苦しんだんだと思う。この世の中は、いつも弱者は強者に虐げられ、その痛みは報われず、いつしかひっそりと生涯を終える。立ち直れる運のええ人間は、ほんの僅かなもんじゃ。それでも当たり前のように、世の中はきちんと成り立っとる。俺はそれが悔しいんじゃ。星乃花さんもきっと同じ思いに違いねえ。じゃけえ、俺は星乃花さんを助けたいんじゃ」
すると小巻は、怒りをあらわにして言いました。
「嘘じゃ。お兄ちゃん、いい子ぶってそげえなこと言うとるけえど、本当は父ちゃんが憎いんじゃ。だから仕返しがしたいんじゃ。そうじゃろう?」
「な、何っ?」
痛い所をつかれ、徳太郎は動揺しました。
実のところ、小巻の指摘は嘘ではありませんでした。
子供の頃、老け顔だった自分が周囲からいじめを受け、登校拒否を繰り返していた時、父がこそこそと、母に自分の悪口を言っていたのを、徳太郎は陰で聞いていました。
父はよくこう言ったものでした。
「あいつは小和田家の恥だ」と―
その恥という言葉が、時が経つにつれ、次第に自分のことと重なってきていたのでした。
そして徳太郎はふと感づいたのでした。
枯れ井戸の中に隠されている『恥』とは、自分自身のこと、もしくは自分と関わりのある物ではないのかと―
そんな自分のことを『恥』と辱んだ父、そして権力を嵩に弱者を虐げる笹塚、それに木島―
彼らがいつしか、徳太郎の中で、同等の人間になっていました。
そしてついに、そんな彼らに対する復讐心が、徳太郎の背中を押し、星乃花に味方することを決意させたのでした。
「図星じゃろう?」
と、小巻が強い口調でそう聞き返してきたので、徳太郎も思わず、怒鳴るように言い返していました。
「ああ、そうじゃ。ずっと父ちゃんに可愛がられてきた、お前には分からんよ。俺の気持ちなんかなっ」
「な、何じゃって……この恩知らずがっ。お店だって、父ちゃんがいなけりゃあ、持てなかったくせに。兄ちゃんは自分一人じゃ何もでけん、ただの弱虫じゃ。小和田家の恥じゃっ」
小巻がそうわめき散らすと、徳太郎の怒りはついに頂点に達しました。
「何じゃと、このっ」
と、徳太郎は怒りに任せ、つい小巻を突き飛ばしていました。
「いてっ」
すると、尻餅をついた小巻は、手にしていたクッキー缶を地面に落してしまいました。
その時―
突然、本庄が隙をついてクッキー缶を素早く拾い上げると、慌てて門の方へと駆け始めました。
「ま、待てっ」
徳太郎はそれを見て、急いでその後を追いかけました。
しかし本庄の動きは、思いのほか敏捷で、彼は徳太郎が追いつく前に、さっと門をくぐり抜けて外へ逃走してしまいました。
「待てっ。なんで逃げるんじゃ」
徳太郎はそう叫びながら、ようやく門までたどり着くと、そのまま外へと飛び出し、慌てて本庄の後を追いました。
するとすぐさま、畦道に停めてあった、一台の黒塗りの車が目に入りました。
と、本庄はいつの間にか、その車の側までたどり着いていました。
「ああっ、卑怯者」
徳太郎はそれを見て、思わず叫びました。
しかし、その声を嘲笑うかのように、カチャリと軽快な音がして、助手席のドアが開きました。
すると、運転席から「乗れっ」と声がして、本庄は慌てて中へと乗り込みました。
そして再びドアが閉まると、車は急発進し、そのまま猛スピードで前方へと消えていきました。
その声―
徳太郎には聞き覚えがありました。
「き、木島……」
そう。
車を運転していたのは、木島だったのです。
すると、徳太郎は何がどうなってしまったのか分からなくなってしまい、つい混乱してしまいました。
しかし、慌てて気を落ち着かせると、とにかく後を追いかけねばと、ズボンのポケットをまさぐり、車のキーを探しました。
しかしキーは見つかりませんでした。
しまった―
その時、徳太郎はキーを庭に落としてしまったことに気づいたのでした。
(つづく)

