岡山遺跡ものがたり-おとっちゃん(9)-
その翌日―
昼過ぎになると、いつも通り、木島が部下を数人引き連れて来店しました。
「よお、おっさん。今日はいい加減、ぶっつけラーメンは食べ飽きたから、そろそろ別のをもらおうか。そうだな。チャーシューめんと餃子をもらおうかな」
木島がそう言うと、部下たちも口を揃えて言いました。
「そうすね。じゃあ、僕らも同じのを」
しかし小巻は何の応答もせず、口をへの字に曲げたまま、乱暴にお冷を一人ずつ配っていきました。
それを見て徳太郎は溜息を吐くと、小巻に代わって返事をしました。
「へ、へい。チャーシュー、餃子十人前っすね。ありがとうございます」
そして手際よく、ざるに麺を入れると、ゆで麺機に浸けていきました。
すると木島たちは、わざとらしく大きな声で、内輪話を始めました。
「おい、佐藤。オープンスタッフの人員調達は順調に進んでるか?」
「はい。求人広告を見て、かなりの人数が応募してきてます。今週中には目処が立つかと」
「開店セレモニーにはお偉いさんもたくさん来る。ぬかりのないようにせえよ」
「はい」
そんな様子を、小巻は手伝おうともせず、仏頂面でじっと見つめていました。
それを見て徳太郎はこそこそと声をかけました。
「おい、小巻。突っ立ってないで、餃子の段取りを」
すると小巻は大きな声で答えました。
「餃子はありません」
「えっ?」
それを聞いて、思わず徳太郎の手が止まりました。
と、木島たちがざわつきました。
そして一様に、文句をつけ始めました。
「どういうことだ?」
「馬鹿にしてんのか?」
「ざけんなっ」
しかし小巻は動揺を見せず、毅然とした態度で言い放ちました。
「すみません。品切れです」
すると木島が立ち上がると、猛烈に抗議をしてきました。
「さっきそんなこと言わなかったじゃねえか。客をなめてんな? この野郎」
しかし小巻は、態度を変えず、きりっと木島を見据えて言いました。
「そんなに気に入らないんだったら、どうぞお帰り下さい」
後に引かない小巻に業を煮やし、木島は舌打ちすると、「おい、行くぞ」と部下たちに声をかけ、そそくさと店を出ていきました。
そしてその後に続き、部下たちも怪訝そうな顔をして、ぞろぞろと出ていきました。
と、小巻は彼らの後を追いかけるように外へ飛び出すと、道に塩をまき散らしました。
「こ、小巻っ」
その尋常ではない様子に、徳太郎は慌てて厨房を飛び出すと、小巻の側へと駆け寄りました。
と、小巻は突然泣き始め、徳太郎の胸にすがりました。
「お兄ちゃん、なんで。なんであんな奴らにぺこぺこするんよ。あんな奴ら、あん
な奴ら、追い出せばいいんよ。あんな奴ら」
その時、自分の胸で泣きじゃくる小巻を見ていると、もはや徳太郎には責める気が沸いてきませんでした。
そして思いました。
責められるべきは小巻ではない。
自分なのだと―
「ごめん、小巻。ごめん。俺が悪かったよ。不甲斐ない俺が」
徳太郎はそう言うと、小巻をそっと抱きしめました。
そして思い切って言いました。
「俺、決心したよ。もう逃げない。俺も言うべきことはちゃんと言うけえ。だから、もう泣くなよ。なっ?」
すると小巻は、泣きじゃくりながら、何度も頷きました。
そんな小巻を見ながら、徳太郎はつくづく思いました。
自分のことをこんなに親身になって心配してくれるのは、世界でたった一人。
この小巻だけなのだと。
だからずっとずっと、大切にしなくてはと。
その後―
そんなことがあってから、木島たちはばったりと、店に顔を出さなくなりました。
とは言え、その後も来店客はなかなか増えず、売上も減少を辿る一方でした。
そんなある日のこと―
開店直後、突然スーツ姿の男が一人訪れました。
「いらっしゃいませ」
小巻が声をかけましたが、男はそれに一切反応せず、険しい表情でつかつかと徳太郎の近くまで歩み寄ってきました。
そして一礼すると、胸ポケットから身分証明書を取り出し、提示しました。
「あのう、何か?」
徳太郎が恐る恐る問いかけると、男が言いました。
「岡山保健所検査課の脇坂と申します。実はこの店で食事をした数名の方たちから、食事後体調に異常をきたしたという申し出がありました。ついては、当方と致しましても、この訴え出を黙視するわけにはいきませんので、検査にご協力をお願い致します」
(つづく)

