岡山遺跡ものがたり-おとっちゃん(2)-
「何じゃって? そんな……」
徳太郎は言葉を失ってしまいました。
「ど、どうしたん?」
それを見て、小巻が心配そうに近寄ってくると、徳太郎の顔を覗き込みました。
「父ちゃんが、父ちゃんが、倒れた……」
「そ、そんな」
小巻はそれを聞くと、慌てて徳太郎から携帯電話を奪い取り、代わりに話をし始めました。
「母ちゃん、母ちゃん、どうしたん?」
徳太郎はそんな小巻をぼんやりと見つめながら、混乱した頭を、必死で整理しようとしましたがだめでした。
そんな自分とは裏腹に、てきぱきと対応する小巻を見ていると、つくづく自分が情けなくなってしまうのでした。
中学校ではいじめに遭い、登校拒否を繰り返し、高校も中退してしまった自分―
その反面、妹の小巻はしっかりもので、いつも徳太郎の励まし役でした。
そしてこの、大変な局面を迎えた今でさえも、小巻はうろたえず、毅然としていました。
「うん、分かった。そしたらすぐ病院へ行くね」
小巻はそう言って電話を切ると、徳太郎の右手を握り、引っ張りました。
「お兄ちゃん、ぐずぐずしない。すぐ病院へ行こう。父ちゃん、今手術中なんだって」
「あ、ああ」
徳太郎は、小巻に促されるがままに駆けだすと、一旦アパートへ戻り着替えを済ませ、すぐさま小巻と一緒に、タクシーで病院へと駆けつけました。
そして病院の一階ロビーで、寂しそうに一人長椅子に腰掛けていた母を見つけると、側まで駆け寄りました。
と、母は二人の姿を見た途端立ち上がり、すがるように小巻の右手を握り締めて言いました。
「お父ちゃん、くも膜下出血らしいのよ。でね。今、クリッピングっていう手術で、脳の血管をふさいでもらってるとこなの。あんなにお酒やたばこはやめろって言ってたのに、聞かないからこんなことになるのよ」
「まあまあ、母ちゃん。とにかく落ち着いて。さあさあ。座ろうよ」
小巻はそんな母を目の前にしながらも、至って冷静でした。
自分もしっかりしなくちゃ―
そんな小巻を見ているうちに、徳太郎もようやく落ち着きを取り戻し、心の中で自分にそう言い聞かせていました。
そして気をしっかり持つと、母を慰めました。
「母ちゃん、大丈夫じゃ。父ちゃんは絶対に治る。絶対に」
すると母は、ようやく微かながら笑みを浮かべると言いました。
「そうじゃな。そう言えば、あんたに貸した金を返してもらうまでは、わしゃあ絶対に死なんからなって、言うとったもんね」
こうして徳太郎たちは、じっと長椅子に腰掛け、父の手術が終わるのを待ちました。
そして昼過ぎ―
ようやく、手術が無事に終わったと、事務員の人に告げられました。
事務員の案内で、脳外科の医務室を訪れると、徳太郎たちは医師から手術の結果について説明を受けました。
それによると、脳の動脈瘤をクリップで止めることで、再出血を防ぐ措置が施されたということでしたが、体の麻痺や失語症といった後遺症が、どうしても残ってしまうとのことでした。
しかしそれを聞いて、徳太郎は安心しました。
とにかく生きてさえいてくれればそれでいい。
生きてさえいてくれれば、必ず約束を果たそうという、気構えができる。
とにかく父から借りた店の開業資金を、店を成功させることで、絶対に返済すること―
その時徳太郎は、それを自分の足かせにして、これから頑張っていこうと、決意を新たにしたのでした。
それから徳太郎たちは、看護婦の案内で、病室へと案内されました。
ベッドの上に寝かされていた父は、頭に包帯を巻かれて、痛々しい姿でしたが、よく見ると顔色が思ったよりよかったので、思わず徳太郎は、安堵の息を洩らしました。
と、母がすぐさまベッドの側まで近寄ると、父に声を掛けました。
「父ちゃん、父ちゃん。分かる? 私よ、私……」
すると父は、もぞもぞと何かを口にしました。
しかしはっきりとは聞えませんでした。
「やった。意識が、意識が戻った」
小巻もそれを見て、嬉しそうに声をあげると、そっと父の側まで近寄りました。
そして徳太郎もその後に続きました。
すると―
「徳、徳? 店は、店は無事に開業したのか? 徳、徳」
父のそう呟く声が、徳太郎にははっきりと聞こえたのです。
「み、店……そうだった」
徳太郎はその時思い出しました。
今日は店の開業日だったと―
と、その声が聞こえたのか、父は突然、徳太郎を叱り飛ばしました。
「この、阿呆たれがっ」
(つづく)

