土神(9)
「ちっ」
城戸は舌打ちして振り返ると、逸樹を睨みつけた。
と、その態度は、逸樹の怒りをますます助長させた。
「俺をなめるなっ」
つい逸樹は城戸の後頭部を、銃のグリップで思い切り小突いていた。
「あの神社まで歩くんだっ。さあ、とっとと行けっ」
逸樹が再び怒鳴りつけると、城戸はようやく、渋々歩き始めた。
それから二人は、中央通りを黙々と歩き続けた。
そしてやがて、右手にオフィス街が見えてきた。
神社へ行くには、ここを通り抜けるのが近道だった。
人通りの多い場所だが、仕方がないな―
逸樹はそう心の中で呟くと、止むなくオフィス街へと城戸を誘導した。
だが、そこは地震の影響で、予想以上に混乱していた。
落下物で怪我をして泣き叫ぶ者。
倒壊した建物に閉じ込められ、救いを求める者。
皆、男に銃を突きつけて歩く逸樹の姿を、怪しむ余裕などなかった。
複雑な心境だったが、逸樹は復讐が最優先だと割り切り、そんな騒然とする人々の間を縫って、ただひたすら神社を目指し歩き続けた。
すると目の前に、見覚えのある白いバンが、ビルに突っ込んで大破し、めらめらと燃えているのが見えてきた。
逸樹ははっとして、思わず立ち止まった。
それはさっきすれ違った、一太達が乗ったバンだった。
よく見ると、助手席からは一太の白い腕が、だらりと垂れ下がっている。
だが逸樹には、何の感慨もなかった。
逸樹はバンから目を背けると、再び歩き出した。
こうして淡々と、オフィス街を通り抜けると、やがて参道へと続く、うらさびれた商店街が見えてきた。
そしてその入口には、あのスミ子ばあさんがうつろな目で佇んでいた。
逸樹はその前を、ゆっくりと通り過ぎ、商店街の中へと入っていった。
すると突然、スミ子ばあさんが呟いた。
「土神様の、土神様のたたりだ」
土神?
それを聞いて、逸樹はふと思い出した。
そう言えばあの時、姉もそんなことを言っていた。
この町では古くから、あの鴨井神社には大地を天災から守り続けてきた、土神様が祀られているのだという、言い伝えがあった。
「いつかきっと、ばちが当たるからね」
するとあの時、一太に向かって叫んだ姉の声が、頭の中で響いた。
だとすれば、あの社殿を燃やして、土神を怒らせたのはこの城戸だ。
地震もこいつのせいなのだ。
逸樹はそのことに気づくと、自分がこれからやろうとしていることに、納得することができた。
そして心の中で、自分に言い聞かせた。
こいつが鴨井神社で処刑されるのは、必然的なことなのだと。
「自業自得だな」
逸樹はそう言って、ほくそ笑んだ。
こうして二人は、そのまま静かな商店街の中を通り抜けると、神社へと続く坂道を淡々と上っていった。
それから歩くこと数分―
二人は鳥居をくぐり抜け、更にその奥へと続く石階段を上ると、ようやく神社の境内に到着した。
と、逸樹は立ち止まり、城戸に命じた。
「止まれっ」
すると城戸は、横柄な態度で「ふん」と一言返すと、言われた通り立ち止った。
その態度にカチンと来た逸樹は、ぐいっと銃口を城戸の頭に押し付けると、怒鳴り散らすように言い放った。
「さあ、姉ちゃんを埋めた場所に案内しろっ。早くしろっ」
ところが―
目の前にある、社殿の焼け跡を見たとたん、急に城戸は両目をかっと見開いたまま、動かなくなってしまった。
まるで何かが憑依したようだ。
「どうしたっ? 何とか言ったらどうなんだっ」
と、逸樹は苛立ち、つい空に向けて一発銃を撃っていた。
するとその音に驚き、はっと我に返った城戸は、突然逸樹に訴えかけた。
「ま、待ってくれ。殺ったのは俺じゃない。俺じゃないんだ」
「嘘をつけっ」
逸樹はついに逆上して、城戸の胸倉を掴むと、そのまま投げ飛ばすように思い切り地面に押し倒した。
「ま、待てよ。俺はただ命令されて、この藪の中に遺体を埋めただけなんだ.信じてくれよ」
「何? じゃあ誰が? 誰が姉ちゃんを殺したんだ」
逸樹は城戸のこめかみに銃を突きつけ、迫った。
その時だった。
突然、バシッと火薬の弾ける音が空気を震わせると、逸樹の右腕に痺れるような激痛が走った。
と、逸樹は手にしていた銃を落としていた。
見ると、右腕の付け根から、泉が流れ出るように、血が滴り落ちていた。
逸樹ははっとして顔を上げた。
すると―
目の前には、頭の禿げた警官が、拳銃を構えて立っていた。
(つづく)

