土神(4)
「ね、姉ちゃん。春奈姉ちゃん……」
逸樹はうめくような声で、姉を呼び続けていた。
何度も何度も。
だが無駄だった。
そう。
そうなのだ。
もう姉ちゃんはいないのだ。
もう―
逸樹はそのことを思い出し、はっと目を覚ました。
そしてその時、今まで夢を見ていたことに気づいた。
だがどうしても、再び姉の姿を追い求めたくて、ゆっくりと周囲を見回した。
だが逸樹の周りには、ただただ漆黒の闇が広がるばかりだった。
そして、その闇をじっと見据えているうちに悟った。
自分が、木造の建物の中に、閉じ込められていることに。
そしてふと見上げた時、古ぼけた神棚が目についた。
と突然、そこから炎が上がった。
逸樹は驚いて、倒れたまま後ずさりした。
とその時、壁の外からも、じりじりと焚き木が焼けるような音が聞こえてきた。
そしてやがて、煙が周囲に立ち込めてくると、逸樹の呼吸が苦しくなっていった。
その時―
逸樹はようやく、ここが神社の社殿で、外から何者かが火を放ったことに気づいたのだった。
そう。
逸樹はまさに、あの時のクマゼミのように、狭い場所に閉じ込められ、焼き殺されようとしていたのだ。
逃げなくては。
そう思い、慌てて立ち上がろうとしたが、めまいがしてまた転倒してしまった。
後頭部がきりきりと痛んだ。
どうやら、殴られた時の後遺症で、神経がいかれてしまったようだ。
もうだめだ。
そう、半ば諦めかけた時だった。
突然誰かが扉を蹴破って、中に飛び込んできた。
それは同僚の中谷巡査だった。
「おおっ、藤本。大丈夫かっ? 早く来いっ」
中谷はそう叫ぶと、すぐ様逸樹を抱きかかえ、引きずるようにして、外の廊下まで連れ出した。
と同時に、一瞬、建物から吹き出してきた炎が、ぼわっと二人を包み込んだ。
すると中谷は咄嗟に、逸樹を抱きかかえたまま、廊下を転るようにして地面へと落下し、間一髪のところで社殿から脱出した。
だが炎の勢いは激しさを増し、体に燃え移りそうなほど接近してきたので、二人はそのまま、境内の中央まで這うようにして避難した。
それから暫くして、ようやく落ち着きを取り戻した逸樹は、燃え盛る社殿をぼんやりと見つめながら呟いていた。
「ありがとう、姉ちゃん」
それから五日後―
逸樹は入院していた町立病院で、医師から精密検査の結果、体に異常がなかったことを告げられ、ほっと安堵感に浸っていた。
だが、手足の痺れがまだ残っていたので、もう一週間ほど休暇を取ることにした。
そんな時、突然中谷が見舞いに訪れた。
そして逸樹には、すぐさま中谷の様子がおかしいことに気づいた。
中谷は懸命に、平静を取り繕おうとしていたが、果物カゴを抱えたその手が震えていたのだ。
それで逸樹は、思い切って尋ねてみた。
「中谷。何かあったのか? 何をそわそわしているんだ?」
と、その言葉を聞いて中谷は、一瞬金縛りにあったように動かなくなったが、やれやれと頭を掻くと、苦笑しながら言った。
「ばれたか。だめだな、俺って。どうもすぐ思っていることが顔に出てしまう質のようだ。では、正直に言うよ。実はな、お前に朗報があるんだ。すぐに知らせるべきかどうか、迷ったんだが」
「どうした? 一体何があったんだ?」
中谷はじらすように一瞬押し黙ったが、決心したように頷くと、こう告
げた。
「犯人が挙がったよ。お前の姉さんの事件のな」
(つづく)

