closet (3) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

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そして再び立ち上がると、押入れの前に立ち、祈った。


「あの頃にもう一度戻れますように」


それからゆっくりと中に入ると、そのまましゃがみ込み、そっと襖を閉めた。

すると体全体が暗闇に包まれ、古木のすえた匂いが、徐々に鼻の奥へと浸透してきた。

その匂いが、やがて芳香のように脳内を麻痺させ、来夢はいつしかうつらうつらし始めていた。


その時だった。

突然、外から声が響いてきた。


「来夢のやつ。ありゃあ、どうしようもないな」


父の声だ。

来夢はその声で、はっと目を覚ました。


「お義母さんの家でも、押入れにこもっちゃったの?」


母の声も聞こえてきた。


「ああ。帰りたくないだなんて、だだこねやがって。これからどうなることやら。先が思いやられるな」


父が呆れて言った。

その会話を聞いて、来夢は悟った。

ここは神戸の実家だ。

しかも、父が姫路の祖母の家から戻ってきて、まだそう時間が経っていないようだ。

まだ間に合う。

早く告げねば。

地震がくることを―


来夢は逸る気持ちを押さえきれず、即座に叫んだ。


「父さん、母さん、遠くへ逃げてっ。地震が、地震が来るよっ」


すると―


「何や、来夢。お前、まだ押入れなんかにこもっとるんか?」


父が呆れて呟いた。


「来夢、いい加減にしなさい。あんた一生、そうして生きていくつもりなの?」


母も呆れて、叱りつけた。


「そんなことはいいよ。それより。それより、早く逃げてっ」


来夢は苛立って、再び叫んだ。

しかし父は、そんな来夢の忠告など、無視して言った。


「お前、いつまでそんなとこで、うじうじ言ってるんだ。言いたいことがあるなら、外へ出て堂々とわしらに言うてみ。あるのか? お前にその勇気が?」


そして続けて、母も言った。


「いつまでもそうやって、そこに閉じこもってなさい。あんたはもう、私の子じゃあない。そんな意気地なしは、うちにはいらんね」


「な、何言ってんだ。時間がないんだよ」


来夢はついに、声を荒げていた。

そして決意した。

こうなったら、襖を開けるしかない。

外に待ち受けているのは、間違いなく、あの頃の懐かしい世界なのだ。

決して、あやかしの、黄泉の世界などではない。

きっとそうだ。

自分を信じよう。

来夢は心の中で、そう自分に言い聞かせると、思い切って襖の縁に手をかけた。

そしてぐいっと、引っ張ろうとした。

ところが、襖はびくともしなかった。

まるで外から、誰かが押さえつけているようだった。


「くそっ、一体どうなってんだ?」


来夢は苛立ち、叫んだ。


(つづく)


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