BROKEN HEROS (5)
するとその時―
突然、静寂を破ってホルストの「惑星」の曲が響き渡った。
明里の携帯電話の着信音だ。
「ちょっと、失礼します」
こんな時に、はた迷惑だと思いながらも電話に出ると、今日会った中川からだった。
「こんばんは。中川です。実は、保険なんですが、70歳払込終了のではなく、60歳払込終了のプランBに変えたいんです。月々いくらになるか計算して下さい」
こっちが大変な時だと知っているくせにノーテンキな奴だ。
明里は呆れながらも、その妙に抑揚のない声で、淡々と喋る中川に、違和感を覚えた。
「中川さん、どうもです。はい、分かりました。計算して折り返し電話させて頂きますね」
きっと中川も疲れているのだ。
まあいいだろう。
明里はそんな風に思うことで不安を打ち消し、一旦電話を切った。
「こんな時にすみません。急ぎの仕事が入りましたので」
「ああどうぞ。お忙しそうですな」
その時老人は、皮肉の篭もった笑みを、初めて明里に見せた。
明里はそれを見逃さなかった。
やはり何か、腹に一物ある人物なのかもしれない。
そんなことを考えながら、明里はいそいそと、手に下げていたアタッシュケースを空きベッドに置き、中を開いてノートパソコンを取り出した。
そしておもむろに電源を入れると、いらいらしながら、ウインドウズが起動するのを待った。
だが三分ほど待ち続けても、画面は真っ暗なままで、一向にソフトが立ち上がる気配はない。
壊れたのか?
明里は苛立ち、画面の中央を人差し指でぽんぽんと軽く叩いた。
すると暗い闇の中で急に誰かが明かりを灯したかのごとく、画面の中央にゆっくりと、小さな白い文字が浮かび上がった。
どうやらパソコンが壊れた時に出る、エラーメッセージのようだ。
今夜は本当についてない。
明里はそう心の中でぼやくと、ふっと軽く溜息を吐いた。
すると画面に息がかかった時、まるでそれに煽られるように、浮かび上がった文字がゆらゆらと揺らいだ。
これはパソコンのエラーメッセージじゃない。
明里はそのことに気付くと、目を凝らしてその文字に見入った。
「アカリサン、ボクハキミヲマモリタイ」
何度も何度も読み返したが、間違いなくそう書かれている。
「嘘よ、嘘。こんなの嘘に決まってる」
明里は目を大きく見開き、呟いていた。
(つづく)

