みっちゃんの惑星 (最終回)
「ちっ、邪魔をしおって……」
ガイランドルが舌打ちして言った。
するとラミーは、苦悶の表情で呟いた。
「も……もう止めて、と……父さん」
「な、何っ?」
ガイランドルはそれを聞くと、驚きの声を上げ、そのまま固まってしまった。
否、奴ばかりではない。
私も、お姉さんも、そしてみっちゃんも、皆唖然とした。
ガイランドルがラミーの父さん?
どういうことなのだ?
私の頭は混乱し始めた。
と、ラミーは虫の息で、再び続けた。
「あなたは別の世界では、悲運の道を辿ってしまいました。でも私の世界では、私の父ヨブとして、影ながら世の中の太平を守り続けてきたのです。だ…だから、ど……どうか、もう誤った道は……歩まないで」
「ば…馬鹿なっ」
ガイランドルはその言葉を聞くと、全身を震わせながら、ゆっくりとラミーの胸から手刀を抜いた。
するとラミーは、ガイランドルに寄りかかるようにして倒れた。
と、ガイランドルはその体を、そっと抱きしめた
「ラ、ラミーっ」
それを見て私は、慌てて彼女の側へ駆け寄った。
と、お姉さんも、みっちゃんも、続けて駆け寄ってきた。
するとラミーは私の方を向き、にこりと微笑んで言った。
「だ…大丈夫ですよ。わ……私は死にません。あなた方が……これから、平和な世界を築いて下されば、わ……私はまた、いつの日にか、再び生まれてきます。必ず……だから築き上げてね。み……みっちゃんの……惑星を」
「わ、分かったよラミー。だから、死なないで」
私はいつしか滴り落ちていた涙を拭いもせず、懸命に声をかけ続けた。
死なないで、死なないでと―
だが願いも虚しく、ラミーの体からゆっくりと色素が抜け落ち始めると、やがてその体は空気に溶け込むように透き通っていった。
「ラ、ラミーっ」
そして最後に、私がそう叫んだのと同時に、ラミーは消え失せてしまった。
それを見て、ガイランドルはがくりと跪くと、呟いた。
「お…俺も…も…もう一度、やり直せるだろうか……」
するとその時、またしても信じられないことが起きた。
ガイランドルの体からも、ゆっくりと色素が抜け落ち始めたのだ。
そして、やがてその体も透き通っていき、闇に紛れるように、静かに消え去った。
「これは一体、どういうことだ?」
それを見て、私は思わず呟いた。
と、その時―
突然、まばゆい光が私を包み込み、私は思わず両目を閉じた。
すると私は、一瞬ふわりと宙を舞ったような感覚を覚えた。
何事かと、慌てて目を開くと、いつしか私は、白い光で覆われた世界を浮遊していた。
と今度は突然、私は凄まじい勢いで、その世界の底へと落下し始めた。
「うわぁぁっ」
私は絶叫しながら、どこまで続いているか知れない深い穴を、そのまま落下し続けた。
そして全身に何かがぶつかったような衝撃を受けると、気を失ってしまった。
その後―
一体何があったのかは分からない。
次に目を覚ました時には、私はみっちゃんのコンビニの前に立っていた。
見上げると、空から降り注ぐまばゆい陽光が、私の全身を照らしていた。
私は目を細めながらも、しげしげと店の全景を見回した。
不思議な光景だった。
ガイランドルに破壊されたはずの店が、何事もなかったように、目の前に存在しているのだから。
とその時―
店の入口から、みっちゃんが飛び出してきた。
「ああっ、カングラー。いらっしゃい。今日はどうしたの?」
みっちゃんの、その何事もなかったような問い掛けで、私は悟った。
歴史は修復されたのだと―
宇宙船が墜落した後から、どんな風に歴史が変わったのかは分からない。
だが、その屈託のないみっちゃんの笑顔を見て、私は安心した。
そして確信した。
きっと全てがいい方向へ向かっているのだと。
「一体、どうしたの?」
そんな戸惑う私の顔を見て、みっちゃんが再び、不思議そうな顔で問いかけてきた。
それを見て、私は慌てて答えた。
「あっ、う、うん。なんか会いたくなって」
「ははっ、やだ。昨日会ったばかりじゃない。それより見て」
みっちゃんははしゃいでそう言うと、私の右腕を掴んで、店の中へと連れ込んだ。
そして私を奥まで引っ張っていくと、ドリンク冷蔵庫のすぐ手前にある、陳列棚を指さした。
「あっ」
私はそれを見て、懐かしさのあまり声を上げた。
私の目に入ったもの―
それはあのブッダーマンフィギュアだった。
そしてその傍らに置かれていたのは、あの「ブッダーマンくじ付きガム」だったのだ。
平らな箱に積み重なった紙ガム、そしてその脇にはブッダーマン変身眼鏡、ブッダーマンカードなど、ずらりと景品が並べられていた。
「どう? 懐かしいでしょ? 最近ね、昔流行した『ブッダーマンチャレンジガム』の復刻版が発売になったのよ。だから店に置くことにしたの」
目をぱちくりさせる私を見つめながら、みっちゃんは自慢げにそう言った。
「すごいね」
私は感嘆の息を洩らすと、何気に「ブッダーマン変身眼鏡」を手に取っていた。
と、その時―
「あっ、いらっしゃいませ」
みっちゃんが来店客に声をかけたので、私はその方向に目を向けた。
すると入口に、サラリーマン風の男が一人立っていた。
私はおもむろに眼鏡を掛けると、その客を見つめ直した。
すると目に映ったのは―
あのセミの顔をした、バルドン星人だった。
彼は私にぺこりとお辞儀をすると、ハサミの形をした両手を振り上げ、「フォッフォッ」と笑った。
-了-
