白い炎-さよなら、かかし先生-(44) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

白い炎-さよなら、かかし先生-(44)


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13.


翌日―

せっかくの直義の決意も虚しく、別れは突然訪れたのだった。

朝、日比野先生がお別れのあいさつに、直義の家を訪れたのだ。

その時、玄関先に赴いた作造は、嫌悪感をあらわにした表情で応対した。


「この度、仁美小学校の教職を退くことになりました。いろいろお世話になりました。直義君はとても誠実で、優しくて、いいお子さんです。私は彼の将来を、とても期待しております」


そう挨拶すると、先生は作造に一礼した。

しかし作造は一言も喋らず、むすっとした顔で、ただお辞儀をして返した。

そして先生は、直義の方を向くと、いつものように微笑みながら話しかけた。


「直義君、今までお世話になりました。受験頑張ってね。突然、お別れすることになってしまって、先生とっても辛いわ。でも全部自分のせいだから仕方ないね。直義君、いい? 先生が教えたこと、絶対に忘れないでね。力なんかに決して屈しないで、自分の信念に従って生きるの。かかしの精神よ。かかしのね」


しかし直義は、そのままそれを受け止めるわけにはいかなかった。

何が何でも食い下がらなくてはと、心の中で決意を固めると、思い切って言った。


「先生、あまりにもひどすぎるじゃねえか。突然すぎるじゃねえか。どけえかならんのかな? 僕は今日、クラスの皆から署名を集めるつもりだったんじゃ。そして署名が集まったら、校長先生に直談判するつもりだったんじゃ。先生を辞めさせないでくれ言うてな。じゃけえ、頼むからもう少しここにおってくれんじゃろうか? 皆も絶対にそう言うと思う。じゃから先生、頼むけえ」


しかし先生は、静かに首を横に振って言った。


「ありがとう直義君。でも、もういいの。人って言うのはね、出会いがあれば、別れもいつかはやって来るものなんだからね。そう。これは人生の試練なのよ。こうやって人は皆、別れることの悲しみを一つ一つ乗り越えて、成長していくんだから。でも直義君、先生のこと、ずっと忘れないでね」


「そ、そんな。いつ? いつ行ってしまうんじゃ?」


直義はすがるように問い質した。

まだ少しでも時間に余裕がありさえすれば、頑張って署名を集められる。

そう思ったからだ。

しかし次の先生の言葉で、そんな望みは虚しくも断ち切られた。


「明日よ。明日の八月一日の夕方、ここを発とうと思うの。引越しの荷造りとか、やり残したことを片付けた後に、先生は黙ってここを去ります。それでお願いがあるの。決して見送りには来ないでね。先生、そっと静かに、一人で行きたいから……」


その時、作造がわざとらしく、うほんと咳払いをした。

すると先生は、それに促されるように、慌てて会話を切り上げた。


「あっ、もうそろそろ行くね。それじゃあ直義君、元気でね。これから他の皆の家にも、挨拶に回るから」


先生はそう言って、作造の方を向くと、一礼した。

そして「じゃあね」と小さく直義に手を振ると、そっと背中を向けた。

その白い後姿は、その後いつまでも直義の脳裏にしっかりと刻み込まれ、離れることはなかった。

ゆっくりと遠ざかっていくその姿は、やがてぼんやりと、かげろうのように山々の風景に溶け込んだかと思うと、いつしかすっと、直義の目の前から消えていた。

ひと春の思い出が、ほんの束の間の幻影だったのではないかと錯覚してしまうほど、はかない、先生の最後の姿だった。

そしてこれが直義の、初恋の顛末でもあった。


直義はそっと目を閉じた。

すると先生と過ごした、短いながらも楽しかった日々の出来事が、頭の中に甦ってきた。

直義はその時、心の中で自分に言い聞かせた。

これで満足だ。

先生と過ごした日々が、今まで自分が生きてきた中で、一番光り輝いていた時間だった。

そんなかけがえのない時を、先生はくれたのだ。

一生、大切に胸に仕舞っておくのだ。

それでいい。

それで―



「直義っ」


その時突然、作造が声を荒げて呼びかけてきた。

そのせいで、直義ははっと、現実に戻されてしまった。


「あの先生に二度と会うなっ。ええな? お前この前こっそりと、あの先生の家に出かけとったそうじゃねえか。もうそんな勝手な真似はすなよっ。明日、絶対に見送りになんか行くなっ。ええな?」


作造は憎悪に満ちた表情で、直義にぴしゃりとそう言い放った。

作造は村長を辞任させられた一件で、笠井組を目の敵にしていたのだった。

そして、その憎悪の念は、もはや尋常ではなかった。

そのうえ作造は、日比野先生をも、笠井組の同類だと思い込んでいたのだ。

その焦点の定まらぬ、狂ったような目付きを見た時、直義の全身に思わず鳥肌が立った。


「ああ。わ、分かったけえ」


直義は怯えるあまり、震える声で返事をしていた。


(つづく)

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