白い炎-さよなら、かかし先生-(40)
12.
こうして、直義にとって長かった一学期がようやく終わりを告げ、待ちに待った夏休みが訪れた。
そんなある日の晩―
直義はいつものように、夕食を済ませた後自室に閉じこもると、勉強を始めた。
ところが暫く経って、突然作造の怒鳴り声が、居間から響いてきたので、つい参考書のページを捲る手が止まってしまった。
それで直義は、様子を窺うためにそっと部屋を出ると、忍び足で廊下を歩き、居間の近くで立ち止まった。
そしてそこで、じっと聞き耳を立てた。
すると、突然大声でまくし立てる作造の声が、外に響いてきた。
「今日の寄り合いで、わしは、わしは正式に、村長の座から降ろされることが決まってしもうたぞっ。もうおしまいじゃ。何もかもがな。くそったれがっ。それもこれも全部、あの笠井組のせいじゃ。くそいまいましい。あげえな奴ら、もうこの土地から追い出しちゃる。おんどりゃあ」
作造はやけ酒を食らって、泥酔状態だった。
そしてさらに続けた。
「それからな。何と驚いたことに、小学校の先生にまで、笠井組の息のかかったもんがおったんじゃ。ほんまに世の中、腐りきっとるで」
「先生に?」
スマが驚いて、すっとんきょうな声を上げた。
「そうじゃ。ほれ。最近助勤で来た、若い女の先生がおったろうが? 西部落でPTA会長をしとる千田さんがな、街の喫茶店で、あの女が笠井組の組長といちゃついとるんを目撃したそうな」
と、廊下にいた直義は、いきなりそんな突拍子もない話を聞かされ、全身から一気に血の気が引いてしまった。
「それでな。不審に思うて、前にあの女が勤務しとった小学校に、身上調査を依頼したんじゃ。そしたらな。何と、もっと驚いたことに」
作造はそこで言葉を詰まらせた。
するとスマが、じれったそうに先を促した。
「な、何じゃ? 何が分かったんじゃ?」
「あの女、東京で学校を辞めた後、キャバレーでホステスをしよったらしいんじゃ。しかもあの笠井が、まだ山根組の幹部だった時分、そのキャバレーの常連客だったらしいわ。どうやらそこで、あの二人は親密な関係になったんじゃな。つまり二人は、色恋の関係じゃったいうことや。しかしこれでようやく、合点がいった。あの女は笠井を追いかけて、わざわざこんな山奥ふんだりまでやって来たんじゃ。最初、皆おかしいと思うとったんよ。なんで東京育ちの若い女子が、学校の教師に返り咲くために、わざわざこげえなど田舎までこにゃあいけんのか? しかしこれで謎が解けたわ。ほんま、きょうてえ話じゃ。最近の女子は、何を考えとんか、さっぱり分からん。それにしても、すっかり騙されたわ。でも、まあええ。とにもかくにも、笠井と通じとるもんは、村にとってはイメージダウンにつながる。PTAがな、さっそく校長に直訴したらしいわ。あの女をクビにせえとな。で校長は渋々、今日あの女に解雇通告をしたらしい。あの女、生徒たちからすごく評判がよかったもんじゃけえ、校長はPTAから話を聞かされた時、狐につままれたような顔をしとったらしいわ」
「へえーっ、あんなに可愛らしい顔をした女の先生が? 世の中、ほんま分からん」
スマが呆れて、外にいる直義にまるでわざと聞こえるように、大きな声でぼやいた。
すると作造も「女いうんは、ほんまきょうてえわ」とぼやくと、大きなため息を吐いた。
そこまで聞き終えると、直義はショックのあまり、がくりと廊下に跪いた。
そして何度も何度も、心の中で自分に言い聞かせていた。
これは悪夢だ。
自分は悪夢を見ているのだと。
ところが恐る恐る、半ズボンから覗く自分の膝小僧をつねってみると、間違いなくちくりと痛みを感じた。
違う。
夢じゃなかった―
その時やっと、直義は現実に立ち返った。
すると今度は、もう一人の自分が心の中で促した。
じっとしている場合じゃないぞ、直義。
すぐに確かめるんだ―
直義はその声を聞くとすぐさま立ち上がり、慌てて玄関へと走った。
(つづく)

