白い炎-さよなら、かかし先生-(31) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

白い炎-さよなら、かかし先生-(31)


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翌日の土曜日―

直義はどぎまぎしながら登校した。

日比野先生はきっと、今日も休んでいるに違いない。

そして宮永先生から、悪い報せを聞かされるのだろう。

そう勝手に思い込んでいた直義は、鬱々とした気分でゆっくりと教室の戸を開けると、死人のように覇気のない表情で席についた。

周囲のざわめきも、ヤン坊が呼びかける声も、何も耳に入らなかった。

殻に閉じこもり、一人暗く孤独な世界へと、孤立したような気分だった。

とそんな時、授業開始のチャイムが鳴った。

はっと我に返り、そっと顔を上げた時―

一瞬、夢を見ているのかと思った。

なんと教室の入口には、日比野先生が微笑みながら佇んでいたのだ。

直義は感激のあまり、目にうっすらと嬉し涙を浮かべていた。

先生は少しやつれた様子だったが、白いワンピースの半袖から延びている両腕には、なぜか赤く日焼けした痕が残っていた。

直義はそれを見て、一気に安堵感に包まれた。

と同時に、ほろりと目から涙がこぼれていた。

直義は恥ずかしくて、慌てて右手で涙を拭った。

するとそんな直義の胸中など知る由もないといった風に、日比野先生は「どうしたの?」と驚いた表情で、逆に心配して声をかけてきた。

直義は「いえ、別に」と答えると、唇を噛みしめ、俯いた。

あんなに心配したのに日比野先生のそのあっけらかんとした態度には、正直腹が立った。

と同時に直義の胸中は、再び不信感に覆われていった。

だがその時、日比野先生がそっと近づいてきて「今日、約束守ってね」と小声で囁いたので、どうにか気を取り直した。

午後から一緒にかかしを作るという約束は、ちゃんと覚えてくれていたようだった―

そのことが確認できると直義は、とりあえずは先生が無事だったことを喜ばなくてはと、自分に言い聞かせた。

こうしてその後、どうにか直義は、最後まで授業を乗り切ることができた。

そしてやがて正午が来ると、終業を告げるチャイムの音が、校内に鳴り響いた。

直義はいても立ってもいられず、まだチャイムが完全に鳴りやまないうちから席を立ち、そのまま教室を飛び出していた。

そしてその足で一旦帰宅すると昼食を済ませ、約束通り自転車で、日比野先生の家へと向かった。

自転車に跨りペダルを漕いでいると、やがて爽やかな風が全身を包み込んだ。

すると次第に、直義の心は躍っていった。

その時、直義は一時はどうなることかと不安で陰鬱な気分に浸っていた自分が、嘘のように思えてきた。

その日は、そんな暗い出来事一切を払拭してくれるような、心地よい陽気だったのだ。

それにこれから、憧れの日比野先生と二人きりの時間を満喫できる。

そう思うと、さらに世の中のもの全てが、美しく見えてきた。

すると、直義のペダルを漕ぐ足は、自然に勢いづいていった。

と、やがてあの国道へと下りる坂道が前方に見えてきた。

いよいよだ。

直義は深呼吸して気を落ち着かせると、そのまま坂道をすーっと下り、先生の家を目指した。

ところが先生の家の前に、おんぼろの軽トラックが一台停まっているのを見ると、不穏な空気を感じ、ついペダルを漕ぐ足が固まってしまった。

そして恐る恐る玄関に目を移すと、日比野先生が校長の次男、重盛と親しそうに話しているのが見えた。

重盛は明らかに、先生に気があるようだった。

頭を右手でぽりぽりと掻きながら、にこにこと、楽しそうに会話に興じていた。

そしてその頬は、照れて紅潮していた。

直義はわざと憮然とした表情を装い、そっと自転車で家に近づくと、玄関前に停めた。

そして邪魔するように、わざと大声で「先生、来たで」と声を掛けた。

重盛は、そんな直義の無神経な態度に嫌悪感を顕にすると、「じゃあ、そろそろおいとましますけえ」と先生に頭を下げ、いそいそと軽トラックの運転席に乗り込んだ。

そしてトラックを一旦道に出すと、そこからバックさせて方向変換し、まるで怒ったように騒々しくエンジン音を鳴り響かせながら、国道の方へと去っていった。


「早かったわね。お昼食べたの?」


すると先生が、心配そうに問いかけてきた。

直義ははっと我に返ると「はい」と元気よく答えた。


「そう。じゃあ、上がって」


先生がそう言って手招きしながら、玄関のドアを開け、先に家へ上がったので、直義も緊張した面持ちで後に続いた。

その時ほんのりと、あの甘い石鹸の匂いが漂ってきた。

直義はまるで、現実とは違った幻想の世界に入り込んだような気がして、その雰囲気に酔いしれるあまり、ぽっと頬を赤らめた。

ところが、先生の案内でそっと居間に入った時、そこに置いてあった物体を見て、そんな心地よい気分から一気に覚醒させられた。

なんと六畳ほどの畳の上には、古びた木製の人形が三体転がっていた。

一メートルほどはあろうか?

塗装は施されておらず木目のままで、頭と胴体と手足が、球状になっていた。


「せ、先生。これは?」


「ウッドマネキンよ。さっきここにいらしていた、農協の重盛さんから譲ってもらったの。ずっと使わずに、倉庫に眠ったままになっていたから、処分するつもりだったらしいの。こんなに都合よく、恰好の材料が手に入るなんて、すごくラッキーだわ」


「まさか、これを?」


「そうよ。これをかかしにするの。これを直義君に進呈するから、あなたの手でかかしに作り変えるのよ。人形を使えば、本物の人間に見えるでしょ? どう? いい考えでしょう?」


「でも先生。カラスどもはぼっけえ賢いと聞いとる。最近じゃあ、人が近づいても逃げんそうじゃ。こんな人形くらいじゃあ、びくともせんよ」


「大丈夫。勝てると信じていれば、必ず勝てる。先生を信じて」


「でも……」


直義は思わず肩を落とした。

先生にどんな秘策があるのかと期待していたが、この程度のことだったとは―


(つづく)


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