白い炎-さよなら、かかし先生-(29) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

白い炎-さよなら、かかし先生-(29)


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皆が一様にざわめいた。

直義は勝負と聞いてびくついたが、香が興味津津といった表情で先生の次の言葉を待っているのを見ると、負けじと虚勢を張って、姿勢を正した。


「今度の日曜日の午前中、直義君の家のマスカット畑をお借りします。直義君のお父様には、先日了解を取っています。まず大山を境にして、右と左で陣地分けをします。山に向かって、マスカット畑の右側を直義君の陣地、そして左側を萩原君の陣地とします。朝から始めて、お昼の十二時までに、自分の陣地内のビニールハウスを、どちらがカラスの襲撃から守ることができるかを、二人には競ってもらいます。十二時までの間に、先にカラスによって、ビニールハウスに穴を開けられてしまった方が負けです」


「ふん、くだらねえ。それのどこが力とかかしの勝負なんだ?」


香は、まったく乗り気がないといった風に、投げやりに言い放った。


「まあ聞きなさい。ここからが肝心よ。香君は自分の陣地にカラスを近づけないために、どんな手段を使っても構わないことにします。石をぶつけようが、棒を振り回してカラスを撃退しようが、自由です。一方、直義君は一切カラスに手出しをしてはいけません。その代わり、直義君はかかしをマスカット畑に立ててもよいこととします。そしてかかしをどんなデザインにするかは、直義君の自由とします」


直義は、日比野先生の説明を聞いて耳を疑った。

そしてすぐさま問い質した。


「せ、先生。僕はかかしだけで闘うんですか?」


「そうよ。これで分かったでしょう? 暴力が勝つのか? はたまた役立たずのかかしが勝つのか? この勝負の意味するところがね。その代わり、直義君にはハンデを上げます。萩原君の陣地は、直義君の倍とします。これならいいでしょう?」


先生がそう言って微笑みかけたので、直義はつい「ええ」と返事をしてしまった。

と同時に、香がはははっと笑って言った。


「先生、正気なのか? これじゃあ、ハナっから勝負は決まったも同然だぜ」


「あら、そうかしら? 萩原君。勝負っていうのは、やってみなくちゃ分からないものよ。そうそう。こんなのはどうかしら? あなたが勝ったら、私はあなたを生徒会長として認めてあげます。その代わりあなたが負けたら、今後一切、学校内で暴力を振るうことは許しません。直義君のことを生徒会長として敬うのよ。どう? 萩原君。この条件を呑む?」


先生が問い掛けると、香は即座に答えた。


「ああ、いいとも。俺は男だ。約束は守るよ。その代わり、先生も約束だぜ。勝ったらちゃんと、俺を生徒会長にしてくれよな」


先生はこくりと頷くと、直義の方を向いて「あなたもいいわね?」と念を押した。

しかし直義は戸惑い、即答できなかった。

すると先生は「私に任せなさい」とでも言いたげに、直義に軽くウインクをした。

それを見て直義は先生を信じることにして「はい」と、大きく返事をした。


「よしっ。これで交渉成立ね」


先生はそう言うと、二人の右手引っ張って、強引に握手させた。

そして笑顔を全開させて、皆に呼びかけた。


「それではこの話はここまで。今から授業を始めます」


そしてそっと直義に「後で職員室に来て」と耳打ちすると、教壇に上がって授業を開始した。

だがその後、直義は勝負のことで頭が一杯になり、授業に集中できなかった。

先生は一体何を考えているのだろう?

本当に自分の味方なのか?

それとも本当は香の味方なのか?

直義は先生の狙いが理解できず、次第に不信感を募らせていった。

そしてやがてチャイムが鳴り響くと、先生は授業を切り上げ、そそくさと教室を出ていった。

直義はそれを見届けると、自分も恐る恐る席を立ち、廊下へと出た。

そして先生の後をつけるように、職員室に向かって歩いていった。

すると、やや距離を置いて先を歩く先生の、細い背中が頼りなげに震えているのが見えた。

その時、直義は悟った。

実は先生も、思い切って大きな賭けに出たのだと―

それは自分のことを信じてくれているからこそ、できたのに違いないと―

それから先生は職員室の前までたどり着くと、そっと戸を開き、中へと入っていった。

それを確認すると、直義も急いで職員室の前まで駆けていった。

そして大きく息を吸い込んで気を落ち着かせると、ゆっくりと戸を開き、中へと入った。


(つづく)

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