えっさっさ、ヨーイ!(18) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

えっさっさ、ヨーイ!(18)


「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~-えっさっさ

ただ約束を守らなくてはという強い想いだけに突き動かされ、ちあきはバス停まで走った。そして何とか、バスの到着時刻に間に合った。しかし時刻が過ぎても、バスはなかなかやって来ない。万が悪く、今日はバスの運行時間が遅れているようだった。

いらいらしながら待ち続けると、バスは予定より十五分も遅れて、ようやく到着した。ちあきは滑り込むように乗車すると、前の座席に座った。そして腕時計と絶えずにらめっこをしながら、バスが「明高前」に到着するのを待った。

こうしてバスが到着したのは、卒業式が終了した、十一時過ぎだった。

ちあきは慌ててバスを降りると、躊躇することなく、明高の校門を潜り、校庭へ向かって走った。すると校庭では、ちょうど恒例の「えっさっさ踊り」の儀式が始まろうとしているらしく、卒業生が列を組んでずらりと並んでいる前に、裸になってさらし一枚を巻いただけの格好をした、二年生の隊列が、対峙するように整列していた。

その後方に、校長を始めとする教師陣が、ずらりと整列している。

ちあきは息切れをしながら、教師陣の列に走り寄ると、その最後列にそっと加わった。
大林を始めとする同僚の教師達は、その気配に気づき、一様に振り返った。久しぶりに訪れたちあきの姿に、皆一瞬、目を見開いて驚いたが、すぐ様体裁を取り繕い、にこやかに会釈をした。ちあきも罰が悪そうに、伏目がちに会釈を返した。

その気配に気づき、最前列にいた校長も、ちあきの方を振り返った。校長は瞬時に顔をしかめると、睨みつけるようにちあきを見据えた。そしてすぐ横にいた、恰幅のいい初老の男の肩を、促すように右手で軽く叩いた。するとその初老の男も、おもむろにちあきの方を振り返った。

その見慣れぬ顔に、ちあきは思わずたじろいだ。その男は、髪の毛が薄く校長よりも年上のようだったが、頬骨がごつごつとした岩のように隆起したその顔には、明高の教師陣にはない、猛々しさが漂っていた。

ちあきは慌てて男に会釈をした。しかしその男もそれを無視した。

校長とその男は、ちあきの顔を暫く睨みつけた後、ぷいとそっぽを向くように、視線を元に戻してしまった。

ちあきは咄嗟に察知した。この男こそ、杉本が話していた、明興体育大の理事長なのだと。きっと事件に関する詳細について、ヒアリングをしにわざわざここまで訪れたのだろう。万が悪い時に来てしまった。ちあきはやや後悔の念にかられた。

それにしても、まるで災いの根源を見据えるような、二人の冷たい視線に、ちあきは怒りを抑えることができなかった。晴仁に面会したら、校長に辞表を叩きつけ、こんな所さっさと立ち去ろう。

ちあきはつくづく思った。そして視線を、今度は卒業生達の列に移した。

三年一組は一番左側の列のはずだ。ちあきは久しぶりに再会する、晴仁の晴れ姿を見ようと、その姿を求めた。だが列に並ぶ一人一人の後姿に、じっくりと目を向け探したが、晴仁は見つからなかった。

どうしたのだろうか? もしかしたら、卒業式に間に合わなかった自分に失望し、姿をくらましてしまつたのか?

そんな不安が胸をよぎり、ちあきは遅れたことを後悔した。  

ちあきは失望して、心の中で呟いた。やはり自分は、最後の最後までだめ教師だった。


「気をつけーっ」

その時、学年主任の相沢が二年生に向かって号令をかけた。

いつもの如く、異様な緊張感で、ちあきの身が思わず引き締まった。

「それでは、これからこの明高を巣立っていく、卒業生一同のために、いつまでもこの明高で培って来た、不撓不屈の精神を忘れないでもらうため、これから最後のはなむけとして、えっさっさで送り出してやろうではないか。いいか、みんな。卒業生の胸の奥底まで気合いが届くように、元気一杯に踊るように。それではーっ、卒業生一同、礼っ」


相沢のいつもの掛け声と共に、卒業生一同が、二年生達に一礼する。と同時に相沢が号令を掛けた。

「えっさっさ、ヨーイ」

すると二年生達は両足を前後に開き、左前足の膝を直角に曲げ、右後足で体全体をふんばって支えた姿勢を保つ。そして両肘を直角に曲げ腰のあたりで構えると、「はっ」と掛け声を上げ、上半身をかがめた。そして「えー」と声を上げながら、ゆっくりと上半身を起こして行き、次に「さっさ」と声を張り上げながら、両拳を前後に振った。そしてそのまま、「えっさ、えっさ、えっさっさ」と声を掛けながら、リズミカルに両拳を交互に前後に突き出し、勇猛果敢に踊り始めた。

この踊りを見せられるのもこれが最後か。


そう思うと、ちあきはせいせいした気分になった。精神の腐りきった教師達が、生徒達にこんなことをやらせる。本末転倒もいいところだ。ちあきはばかばかしくなって、その場を立ち去りたくなった。


その時だった。


「江草先生―っ」


踊りの列の中から、ちあきの名を呼ぶ声がした。すると「おおっ」という小さなどよめきが生徒達の間から洩れ、踊りが一斉に止まった。何事かと、ちあきが目を見張ると、後列から二人の生徒が、いきなり先頭に飛び出して来た。

二年生達は唖然としたまま、二人の行動をじっと見守っていた。

それは晴仁と杉本だった。二人は腰にさらし一枚という裸の格好で、二年生の踊りの列に紛れ込んでいたのだ。


「先生、ばんざいっ」

二人はそう叫ぶと、教師陣の前で、腰に巻いていたさらしを剥ぎ取った。

すると、二人の黒々とした男根が、教師陣の面前で顕になる。突然のことで、教師達は何が起きたのか事態が把握し切れないといった感じで、皆唖然として、その場に凍り付いてしまった。

次に二人は、両手を腰に据えると「えっさ、えっさ、えっさっさ」

と声を掛けながら腰を回し、男根を思い切り振り回した。
二年生の中にも、彼らに協力した手下がいたのだろう。列の中には、一緒に掛け声を上げながら、二人と共に腰を振り回している者までいた。

その後一番最初に、目が覚めたように、はっと我に返ったのは相沢だった。


「こ、こらーっ」


相沢は慌てて二人に飛び掛り、制止に入った。その動きに触発され、ようやく他の教師も我に返り、相沢に続いて何人かが二人に飛び掛り、押さえつけた。周囲は騒然とした。

ふと校長の姿を目で追った。すると校長は、神聖な学園の儀式を汚され、顔を真っ赤にして憤慨している理事長に、ぺこぺこ頭を下げていた。しかし理事長は、そんな必死で宥めようとする校長の手を乱暴に振り払うと、そそくさと校舎へ引き上げて行った。

校長は狼狽しながら、その後を追う。

いやいや踊りをさせられていた二年生達は、そんなパニック状態に陥った教師達を見て、げらげらと見下すような笑い声を上げながら、狂喜乱舞する。

そんな完全にパニック状態に陥った学校の有様を目の前にした時、それまで呆然としていたちあきも、ようやく我を取り戻した。
その時になって、ちあきは理解した。
これは晴仁と杉本が、最後のはなむけとして、自分にしてくれたことなのだと。

心を全て明け透けにして、素の自分をちあきにさらけ出してくれた二人―

ちあきはそんな二人の気持ちに心から感謝した。

ちあきは思った。

理想など必要はない。そして報われることも。

全ての人が対等に、心を明け透けにして通じ合うこと。

それさえできればいいのだ。もう自分を誤魔化しながら生きて行くのはよそう。

あの二人のように―


するとちあきは、胸の中から鬱々とした靄が徐々に消え去り、やがて心が透き通って行くのを感じた。

やっと人生をリセットさせられる時が来たんだよ、ちあき。

ちあきは、心の中で自分にそう告げると、校門に向かって歩き出していた。そしてそのまま学校を出ると、その足で、新聞社へと向かった。

                               (つづく)

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