神の鳩(最終回) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

神の鳩(最終回)

にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
人気ブログランキングへ


↑ なにとぞ、クリックをお願い申し上げます。


「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~-神の鳩最終回

何かの間違いなのか?


幸子は狐につままれたような表情で、きょとんと突っ立っていた。


「どうしたの? 薄井さん。変よ」


「い、いえ。別に」


幸子は訳がわからなくなって、気が動転し、その場にしゃがみ込んでしまった。

一体、どうなっているというのだ?

確かにあのノートはタイムカプセルに詰めたはずだ。

もっとも、恐ろしくて、詰める前にちゃんと中身の確認まではしていないが―


「ああっ、見て、見て」


その時、悦子が声を上げ、一点を指さした。

その方向に、皆も一斉に注目する。

幸子もおもむろに、その先へ目を向けた。

すると瓦礫の山の上に、美しい一羽の白い鳩がとまっている。

まるで廃墟に花開いた、可憐な一輪の白百合のごとく、鳩は際立って見えた。

後光を放ちながら座す、仏のような神々しささえ感じた。


「ま、まさか。テンちゃん?」


幸子は思わず呟いていた。

そして引き寄せられるように、瓦礫の山へ向かって駆けていた。

信じられないことだが、あのテンちゃんが、時を超えて現代に舞い戻ってきた。

そんな気がしてならなかった。

案の定、幸子がほんの一寸先まで近寄っても、鳩は怯えることなく、じっとしたままだった。


「う、薄井さん」


突然、先生も幸子の後を追って駆けだした。

まるで何かに、焦ったような感じだった。

その様子を、皆が呆然と見守っている。

すると、鳩が突然、瓦礫の中をくちばしで突いて、何か布切れのような物を掘り起こした。

そして鳩は、それをくちばしで拾い上げると、ぽいぽいと、二回前方へ放った。


「ああっ」


それを見て、思わず幸子の背筋が凍った。

筋がついた、棒切れのような、二本の物体。

その先には、ぼろぼろになった水色の布切れがまとわりついていた。

それは紛れもなく、親指と人差し指の骨だった。

土色に薄く汚れていたが、その風化もせず、はっきりと整った形から、幸子にでも容易に判断できた。

そしてそれが、雪子の物であるということも―


そしてその布切れにも、見覚えがあった。

それは井上先生が、あの当時使っていたハンカチの布だ。

間違いない。

給食の時間、先生が洗面所で手洗いをする時に、いつも使っていた物だ。

だが、なぜ井上先生のハンカチがこんな所に?

はっと後を振り返ると、井上先生が、血相を変えて駆けよってくる。

その姿を見て、幸子は直感ですべてを悟った。


「先生、あなただったのね」


「くそっ」



先生は気がふれたように幸子に飛びかかると、「何でよ、何でよ」と泣き叫びだした。

幸子は先生を振り払うと、瓦礫の山へ突き飛ばした。


「なぜそっとしておいてくれないの? なぜ?」


先生は瓦礫に顔をうずめると、暴れるのを止め、わっと泣き伏した。


「先生、あなたはあの時、こっそりと私の連絡ノートを盗み読みしたのね。それで屋根裏に雪子がいることを知って、雪子を。でも、なぜ?」


「私だって。私だって、ずっと苦しんできたのよ。もういいじゃない。すんだことなのよ。なのに、なぜあなたは?」


「よくないわ。まだ終わってはいない。このままでは、雪子は浮かばれない。私も先生も。ずっと、永遠にね。だから話すのよ、先生。皆の前で」


「私は雪子ちゃんのことが好きだった。でも屋根裏で、梁から落ちて、仰向けになって苦しんでいたのを見つけた時、ふと思ったの。この子さえいなければ、私は幸せになれると。私はあの時、山之内家に嫁ぐことが決まっていた。でもあの雪子ちゃんは、私を毛嫌いしてなつこうとしなかった。雪子ちゃんを猫かわいがりしていた山之内は、そのことを重んじて、縁談を白紙に戻すと言いだした。でも私は諦めたくなかった。絶対に山之内と結婚して、幸福をつかむんだ。そう心に強く念じた時、気がついたら、ハンカチで雪子ちゃんの鼻と口をふさいで窒息させていた。気が動転した私は、慌てて天井裏から逃げ出した」


「何てことなの」


雪子はきっと、もがき苦しみながら、あのハンカチを強く握りしめていたのだろう。

怨念をこめて―


その様子を想像すると、幸子はいたたまれない気持ちになった。


「私は、雪子ちゃんが屋根裏にいることを、あなたにこのままずっと黙っていて欲しかった。その方が好都合だったから。それであの連絡ノートに書いていたことを、こっそり消しゴムで消したわ。綺麗さっぱりとね。でも今になって、あなたがそのことを暴露しようと決心したのに気づいた私は、あなたのことが恐ろしくなったのよ。薄井さん、ごめんなさい。どうか―どうか、私のことを許して」


先生の言ったことが事実だとしても、この事件は、法的には時効が成立している。

後は先生が一生、罪の重荷を背負い、悩み続けていくことでしか、雪子の霊が浮かばれることはない。


だが私はどうなのだろう?

私も先生と同罪なのか?

分からない。どうすれば。

幸子は自問自答すると、思わず白い鳩と向き合い、そして懇願した。


「雪子、私を許して。お願い」



だが鳩はきょとんとして首を斜めに傾けると、何事もなかったように、突然飛び立った。


ああ、雪子が神の国へ帰っていく―


幸子は、天高くはばたいていった鳩を見上げて、そう思った。


その空にどこまでも伸びる白い飛影を目で追っていると、幸子はようやく穏やかさを取り戻した。

(了)

ペタしてね


人気ブログランキングへ 皆さまのワンクリックが励みになります。
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ なにとぞ、よろしくお願い致します。