天使のエキス (4) | 「HEROINE」著者遥伸也のブログ ~ファンタジーな日々~

天使のエキス (4)

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おせっかいな警察は、入院していた父の所にもやって来て、店で起きた騒動のことを父に告げていました。

たまたまお見舞いにきて、その場に居合わせた叔母さんが、僕に電話で教えてくれたのです。


「リュウ君。お父さん、かなり心配してたみたいよ。一言、謝っといた方がいいわよ。分かったわね?」


その時、叔母さんがこっそり教えてくれたのですが、父はすでに無事手術を済ませ、術後の経過は良好で、あともう少しで退院ができる状態になっていたのでした。

僕に心配をかけまいと、父はあえて、そのことを隠していたのです。


それを聞いた時、僕はほっとしたと同時に、憂鬱にもなりました。

父が無事、店を再開させられるのは嬉しいけれど、僕は父に内緒で、勝手に店を開けたあげく、大騒動を起こしてしまい、店の名に泥を塗ってしまった。

きっと父は、烈火のごとく、僕を叱るに違いない。

僕はそう思い込んでいました。


ところが病院に行き、父の病室にそっと入って、僕が恐る恐る父の寝ているベッドに近付くと、父はにょきっと上半身を起こし、嬉しそうに微笑んで、僕を迎えてくれたのです。

叱られると覚悟していた僕は、一瞬戸惑いました。

しかし父は、そんな僕の様子などおかいましに、声を弾ませて言いました。


「おおっ、竜一。よくやったな。お前の焼いたとんぺい焼き、すげえ評判だったらしいじゃないか。さすがは俺の息子だ。俺は本当に嬉しいよ」


「で、でも」


僕は罰が悪くなって、口ごもっていました。

しかし父は、そんな僕を、さらに励ますように言いました。


「気にすんなって。お前のせいじゃなかったんだろう。いいか? 俺は全然気にしてないんだ。むしろ誇りに思っているよ。お前には素質がある。それにお前は努力家でもある。お前はいつも、厨房に立つ父さんの姿を観察し、密かに技を盗んでいたんだろう。その心意気こそ、料理人に必要なものなんだ。分かるか? 俺は本当に嬉しいぜ」


僕はそんな父の姿を見て、正直悪い気はしなかったです。

でもやはり、父がずっと誤解をしたままでは、気分がすっきりしないのも確かでした。

それでさんざん迷ったあげく、ここは正直に、全ては突然目の前に現れた、加奈子さんという女性のおかげなのだと、打ち明けることにしました。


父は恐らく、そんな不思議な話など、聞いても信じはしないだろう。

そう思いはしましたが、本当は素質などない僕なのに、このままぬか喜びさせておくのは、父のためにも、僕のためにもならない。

だから僕は、決心したのでした。


ところが―


「か、加奈子さんだって?」


父は、その名を聞いたとたん、驚いて声を張り上げたのでした。


「そ、そんな、ばかな……」


父は急におろおろし始めると、しばらくの間、黙りこくってしまいました。


「父さん、加奈子さんのこと、知ってるの?」


僕が恐る恐る尋ねると、父はようやく「ああ」と返事をして、決心したように小さくうなずくと、今度は昔を懐かしむような、安らいだ表情で、ゆっくりと語り始めたのでした。



それは父がまだ、中学生の頃のことでした。

父は学校で剣道部に所属していましたが、ある日、部活動が終わった後、先輩のおごりで「とんぺい焼き」を食べに連れていってもらったのだそうです。


その時行ったのが、加奈子の店だったのです。

その時の加奈子さんは、僕の知っている加奈子さんと同じ、白いブラウスに白いエプロン姿の、愛らしい女性だったそうです。


そしてその時、父はそんな加奈子さんに一目ぼれしてしまいました。

思えばそれが、父の初恋だったそうです。


以来、父は小遣いが貯まるたびに、加奈子さんの店へとんぺい焼きを食べにいくようになりました。

いつかは加奈子さんに想いを告げたい。

父はとんぺい焼きよりも、そのことで頭がいっぱいだったそうです。

しかし父は、いざとなると勇気が出ず、なかなか告白できずにいました。

その一方で、加奈子さんへの想いは高まるばかり。


こうして父は、悶々とした日々を送るようになりました。

そしてある日の晩、友達のアドバイスで、ラブレターを書くことを決意したそうです。

一晩中、文章を練りに練って、やっとの思いで完成させたラブレター。


父は翌日の夕方、ついにそれを、店で加奈子さんにそっと手渡したのでした。

そして父は、どぎまぎしながらも、加奈子さんの反応を窺うために、その次の日も、店へと足を運びました。

すると、加奈子さんはいつものように笑顔を振りまきながら、父にこう告げたそうです。


「カズ君。私に負けないくらい、おいしいとんぺい焼きを作れる? もし将来、私のよりおいしいとんぺい焼きが作れるようになって、お店を出すことができたのなら、その時私、お嫁さんになってあげてもいいかな」


「う、うん。やるよ。絶対に俺、加奈子さんのよりおいしいとんぺい焼きが作れるようになってみせる。そして絶対に店を出してやる。だから、加奈子さん、約束だぜ」


「ふふ」


父が意気込んでそう言うと、加奈子さんは笑って頷いたそうです。


しかしその晩、突然悲劇は起こりました。

加奈子さんの店が、火事に遭い、焼けてしまったのです。

原因はいまだに不明のままだそうです。


ただ、2階で寝ていた加奈子さん、そしてご両親も逃げ遅れ、永遠に帰らぬ人となってしまった―

この悲しい出来事だけは、真実だったのです。

いや、そのはずでした。

僕が、加奈子さんに会うまでは―


父はその後、ずっと加奈子さんが亡くなったという事実を、受け入れることができなかったそうです。

それで、加奈子さんとの約束を果たすため―

ただ、それだけのために必死で修行を積んで、この町で念願の、「とんぺい焼き屋」を開店させたのでした。


天国にいる加奈子さんに、想いが通じたのだろうか?

それで加奈子さんが、約束を果たしに、父のお嫁さんになるため、店にやって来たのだろうか?

もしそうだったら、こんなに嬉しいことはないのに。

でも、加奈子さんは忽然と消えてしまった。

なぜなんだろう?

そして加奈子さんは今、どこにいるのだろう?

もう帰ってきては、くれないのだろうか?

ずっと加奈子さんを待ち続けていた、父の元へと―


僕は、病室の窓から青い空を見上げながら、ぼんやりとそんなことを考えていました。


(つづく)

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