マキシム・パスカルは2019年2月21日東京二期会の黛敏郎「金閣寺」のゲネプロで一度聴いていた。オーケストラは東京交響楽団。なじみのある作品ではなく、オケピットでは指揮がよく見えないため、具体的にどういう指揮者だったのか、よく覚えていない。2020年と22年の読響との共演も聞き逃し、今回初めて彼の指揮の特長がわかった。
タクトは持たず、長身と長い両手をやわらかく大きく使う、自在な指揮ぶり。
ハイドン:交響曲第22番 変ホ長調「哲学者」は8-7-6-4-3の編成。チェンバロも入る。コンサートマスターは林悠介。管楽器はイングリッシュ・ホルン2、ホルン2、ファゴット1のみ。第1楽章はイングリッシュ・ホルンとホルンがゆったりとした主題をのんびりと吹く。第3楽章メヌエット中間部もイングリッシュ・ホルンとホルンが重なりのびやかに歌う。第2楽章アレグロ、第4楽章プレストは快速で滑らかに進む。パスカルの指揮はすっきりとして聴きやすい。
ヴィヴァルディ:「四季」から“春”(ギター独奏)4-4-2-2-1にチェンバロという小編成。イタリアのリュート奏者ディエゴ・カンタルビ編曲。第1楽章アレグロは村治佳織のギターのトレモロがヴァイオリンとは異なり新鮮に聞こえる。読響セカンド・ヴァイオリン首席の瀧村依里のソロが鮮やか。第2楽章ラルゴはヴァイオリンのようにレガートな音が続かないので、ギターでは少し単調に聞こえる。第3楽章アレグロは村治のソロがチャーミング。パスカル読響の演奏は流麗でおしゃれな感覚があり、センスが良い。
武満徹:「虹へ向かって、パルマ」
読響は14型で木管は各3人で持ち替えもあり、多数の打楽器やハープ2台、チェレスタも入る大編成。村治佳織とオーボエダモーレを吹く北村貴子がステージ前面で演奏する。色彩的なオーケストラの響きとギターが混じり合うと七色の虹が浮かんでいるように感じる。オーボエダモーレは記憶を呼び覚ますように懐かしく響く。大きな盛り上がりは少ないが、後半に不安を呼び覚ます不協和音のクライマックスがある。そのあとにギターが奏でるカタロニア民謡「紡ぎ女」の旋律が登場し、オーボエダモーレが受け継ぎ、「紡ぎ女」の残像の中に静かに音楽は消えていった。
パスカル読響の演奏は色彩的で、この作品によく合う。
村治佳織がアンコールに弾いたレノン&マッカートニー(武満徹 編曲):イエスタデイ
は、他のギタリストのように原曲を前に打ち出さず、やさしい表情でゆったりと長い旋律線を描きながら装飾音を丁寧に弾き、格調が高く絶品。「イエスタデイ」が未来永劫残る名曲であることを実感した。
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
ここではパスカルの指揮の特長が良く発揮されていた。
39歳という年齢を感じさせない落ち着いた指揮ぶり。読響の各奏者の音が良く聞こえてくるのは、パスカルの指揮が正確でバランスが良いことを示す。強奏を煽ることはなく、弱奏も丁寧に描いていく。クライマックスも無理がなく余裕がある。軽やかでありながら、重心はしっかりとしている。読響の持ち味を生かしつつ、色彩豊かな音を引き出した。
パスカルは楽員が充分に実力を発揮できる余裕を与える。無理がないため流れもよく、楽員もプレッシャーというよりものびのびと楽しそうに演奏しているようにさえ見える。
最後のオーケストラの一撃も余裕のある間を置き、一気に決めた。
客席からはブラヴォも多く飛んでいた。
ソロ・カーテンコールでは、拍手を制して『オツカレサマデシタ!』と一言。とてもお茶目な面も見せた。また聴きたい指揮者の一人。
読響第673回名曲シリーズ
2024 6.28〈金〉 19時開演 サントリーホール
指揮=マキシム・パスカル
ギター=村治佳織
ハイドン:交響曲第22番 変ホ長調「哲学者」
ヴィヴァルディ:「四季」から“春”(ギター独奏)
武満徹:「虹へ向かって、パルマ」
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」