こんにちは!こんばんは!ばやんです!
今日は過去回想の最後になります。
良ければお付き合い下さい!
嗚咽交じりに通勤しながらやっとの思いで
学校にたどり着きました。
同僚はどんな顔をしているんだろう
パワハラをした教頭はいるのだろうか
僕はどんな顔をしていればよいだろうか
様々な思いが巡るの中で靴箱に向かい
再び襲ってくる嗚咽と闘いながら
恐る恐る職員室に向かいました。
怖かった。
階段の一歩一歩が重たいヘドロのように
足にへばりつき前に進むことが
できないように感じました。
でも違う。
自分は普通なんだ。
普通なんだから大丈夫。
そんなよくわからない理論で
自分を奮い立たせて
職員室のドアを開けました。
待っていたのは笑顔を張り付けたような
教頭の顔でした。
すぐに吐き気が襲ってきました。
「どうしたの?大丈夫?」
「…大丈夫です。」
「久しぶりに顔が見れてうれしいよ!」
もうパワハラをしていた顔は
影も形もありません。
まるで自分が菩薩になったような
笑みを浮かべています。
気持ち悪い。
全てが気持ち悪い。
帰りたい。
泥のように布団に逃げ込みたい
『違うんだ。普通になるんだ。』
「ご心配お掛けして
大変申し訳ございませんでした。
すっかり復調いたしましたので
今日からまた頑張って参りたいと思います。」
心が思ってもいないことが脳随反射で
言葉が出てくる。
「早速で悪いけど校長室に行こうか!」
一瞬、猛烈な吐き気が襲ってきたが
平気なふりをして答えました。
「はい、よろしくお願いいたします。」
校長室、通称...指導室。
悪い記憶ばかりが呼び起される
その部屋で今度はどんな
辛い目に遇うのだろうか。
眼前の恐怖をただ待つばかりでした。
しかし、校長は
「よく、来てくれたわね。嬉しいわ!」
へばりついたような笑顔に
吐き気を感じながら
「ご無沙汰をしております。ご迷惑を
お掛けして大変申し訳ございませんでした。」
と、ただ、社交辞令を述べるだけでした。
ああ、自分は普通になれているのだろうか。
それだけが不安で不安で客観視ができなくて、
そこからの記憶は余りありません。
同僚は腫物を触るように接点を余り持たず
比較的心配をしてくれていた先輩も
言葉少なでした。
私はそれから学級に戻り
子どもらが進級するまで見届けました。
そこで再びスイッチが切れました。
あー、もう自分は普通になれた。
だから死んでもいいやぁ。
もう普通という言葉の意味を理解していませんでした。
ただただ、普通の教員生活を
終わらせて一区切りついたところで
死を決めていました。
『人は死ぬために生きるのだ』
ニーチェの言葉を鑑みに自分は生ききったと
感じていました。
死ぬために生きる
責任だけ何とか果たして
死ぬことを決めていました。
遺書を書きました。
『ありがとうございました。ありがとう。』
殺風景な言葉ですがそれが最後の
渾身の言葉でした。
それから私はODをして死の境を
歩みました。
ODって死ねないんですね。
猛烈な頭痛と吐き気で
救急車を呼びました。
ここで自分が死ぬことを
選択していないことがわかりました。
あー、生きたいんだ。
でも、仕事には行けない。
俺はダメな人間なんだ。
社会不適合者なんだ。
そんな思いの中、一年を過ぎた僕は
2年半の休職をとることになります。
公務員の手厚い福利厚生には今でも
感謝しています。
そこで自分自身を見直す機会を作って
くれるのですから。
しかし、その後も復職、休職を繰り返して
ついに辞めることを決意しました。
これでは何も変わらない。
自分自身を変えなれければ。
本気で変えなれければいけない。
そう感じました。
ぬるま湯だったのかもしれません。
自分には死への欲望、圧倒的な鬱
これらが子どもたちにいつ伝染するか
わからない。
こんな恐怖もありました。
私は9年越しに変わり、
2年かけて様々な勉強をし、人と接し
社会に溶け込み
このブログを書いています。
果てしない研究の結果
理論と行動です。
元・重度の鬱患者でもそれさえ実行できれば
鬱の名のつくものは大概、クリアになります。
だからこそブログを書いています。
自分もまだまだ勉強中ですが、
どうか鬱で悩んでる皆さんが少しでも
人生がよりよく生きれるように。