これは、私の母親が、就職の面接に行ったときの話だそうです。
 就職の面接、といっても学歴のない母親なので、川崎臨港バスの、バスガイドの面接を受けに行ったとき、その控え室での出来事です。
 面接を控えた人たちが待つ事務所は、お世辞にもキレイな事務所ではなかったそうです。ゴミが散らかり、椅子も乱雑に並んでいたそうです。
 母親が椅子に腰掛け、暫くすると、待合室の廊下に、ほうきと、ちり取りが立てかけてあるのが目に入ります。
 廊下に落ちたゴミが再び視界に入り、母親は立ち上がり、手に、ほうきと、ちり取りを持ち、ゴミを片付けたそうです。
 15分位遅れて面接が始まり、私の母親の順番が巡ってきます。
 母親は、面接官に、
 『ゴミを掃除してくれたんだってね』
 そう優しく声をかけられたそうです。

 なんと散らかっていたゴミ。
 ちり取りと、ほうきは、意図的に置かれたものだったんです。
 会社の事務員が、訪問者に紛れて、ゴミをかたす人間がいるかどうか、観察していたそうです。
 母親は見事、面接で採用になり、会社に合格したそうです。
 私なんかから言わせると、心が汚れているからかもしれませんが、偽善者っぽく映ってしまうので、ゴミ掃除をためらってしまうと思うのですが、それを何も感じず、無色透明な心でゴミ掃除できるのが、すごいところなのでしょう。
 胸のどこか隅に、置いておきたい話ですね。