baunanjuiwiのブログ

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ストウ夫人が黒人奴隷制批判をこめた長篇(ちょうへん)小説『アンクル・トムの小屋』(一八五二年)が南北戦争の引き金と目されて久しいが、そのことは誰よりも時の大統領リンカーンが堅く信じていた。文学は時として世界を動かし、歴史をかたちづくる。
  前作『めぐりあう時間たち』(一九九八年)ではモダニズムの巨匠ヴァージニア・ウルフに挑戦したカニンガムが昨年二〇〇五年に放った最新長篇は、十九世紀 アメリカのロマン主義文学を代表するウォルト・ホイットマンの名詩集『草の葉』(初版一八五五年)をモチーフに選んだ野心作だ。過去・現在・未来の三つの 視点から編み出された三つの連作は、ホイットマン文学に九・一一同時多発テロ以後の時代を乗り越えるヒントを見いだし、人類全体の運命を占う。
  第一部「機械の中」では十九世紀後半のニューヨークを舞台に、工場の機械に飲み込まれ非業の死を遂げた兄サイモンを偲(しの)びつつ、兄の恋人キャサリン に恋心を抱く弟ルーカスが、街角で詩人ホイットマンと出会い、機械の中より死せる兄の声を聞いて啓示を受け、ひとつの決断を下す。
 第二部「少年 十字軍」では二十一世紀前半のニューヨークを舞台に、黒人女性警察官であり、かつて息子ルークを亡くした過去をもち、いまは年下の恋人サイモンその他と奔 放な生活を送るキャットが、不動産界の大物を巻き込むテロ事件実行犯の母親で「ウォルト・ホイットマン」と名乗る老女に出会う。
 第三部「美しさ のような」では未来の北米大陸を舞台に、ホイットマンの詩とともに道徳的感性をプログラミングされた人造人間サイモンが、トカゲ状外観のナディア星人カタ リーンと、地球を脱出するべきか否かの難局に立つ。そこでは南北戦争以前の逃亡奴隷の運命が、所有者から逃走する人造人間の運命と巧妙に重ね合わされてい く。
 かつてホイットマンは「星々の誕生を見に宇宙へ連れ て行く」と歌ったが、それを承(う)けた本書は、地球という星自体の新生を夢見 ようとする、最も詩的な祈りである。