①があるなら②もあるよねってことで。③はありません。

こちらは「あなたの美についての考えを教えてください」みたいな問いだった気がします。不確かですが。

あと、こっちは時間がなくて微妙な文章になってしまった記憶があります。実際、今自分が読むと少しだけ自分の認識とズレている部分がある気がします。


①の(1)と重なる部分も多いので、おそらく①は課題に対する解答で、こちらの②は試験に対する解答だったのでしょう。文章も少しだけ洗練されているような気がしま………


せんね、あんまり。うん。




あと、こちらには正確な日付が残っています。最後に加筆したのが2022年1月18日10:28とのこと。


【以下本文】

美に関する考え方には時代の異なる3人の人物によって提唱された異なる3つの考え方が今でも下地となっている。

プラトンのイデア論に則った考えによると、美的対象を通してイデア界(真実世界)に存在する「美」のイデアを観測することによって、「美」を感じることができるとされる。

一方で、アリストテレスによる因果論の観点からでは、「美」には原因があり、またそれには秩序があり、客観的に規定できるものだとされた。そのため、数学的に美を規定しようと様々な考えや、黄金比などに基づいた芸術が生まれた。

前述の2つに対し、新しく生まれた考え方がハルトマンらに代表される現象学的な考え方である。彼らによると、美的対象と観測者の間に現れるいくつもの「層」によって見出される、非実在の理念的なものが「美」であるとされる。

私が音楽にのめり込むきっかけとなったのがバッハのフーガによる楽曲を聴いたこと、そしてその中に神の存在のようなものを感じ、「美しい」と感じたことである。もともと物理学、とりわけ素粒子物理学が好きだった中学生ぐらいの私は、その方程式と同じようなものをバッハの楽曲に見出したのである。

バッハの楽曲も、物理学も数学的秩序に支配されているという点ではアリストテレス的な考え方に納得がいく。しかし、もしこの2つを介して私が感じたものが同じものだとしたら、それは神そのものであったり、「美」のイデアそのものであろうと思うし、むしろそのような超越的なものの存在を認める方がより納得がいくと感じた。

結局、美とは何かということを考えた時、1つの私なりの結論が「自然の模倣」によって「超越的な何か」を見出すことなのではと考える。「超越的な何か」はイデアかもしれないし、神かもしれないし、物理学の中では数式で表せるようなものかもしれない。それらに基づいて成り立っている「自然」、これを模倣することで「超越的な何か」を私たちは見出そうとしてるのではなかろうか。