「運命」というやつは量子力学で否定されました。だから「運命の相手」もいません。Fin...

 

 

 

 



いや、もう少し考えてみましょう。
 確かに、20世紀入ってからの量子力学の発展によって、それまでの決定論や運命論は否定されたし、「赤い糸で結ばれている」や「結ばれべくして結ばれた」相手なんてものはいないでしょう。人類にわかっている範囲で、ミクロな世界ではそういう仕組みなので。

 ここで「運命」について調べてみましょう。
「人間の意思にかかわりなく、身の上にめぐってくる吉凶禍福。」(広辞苑第5版)
 意思に関係なく………?
「運命の相手」はその人の「意思かかわりなく、身の上にめぐりってくる」相手、なのでしょうか。前の「恋愛と自由意志」の言説に則って考えれば、その「運命の相手」は存在し得ますし、それは今、そしてかつて交際していた人間全てがそうと言うことになるではないでしょうか。

わたしにはいませんが。あれ、、?あれ、、、悪い思い出が、、、、?

 「あらゆる人間、彼自身の在り方が運命なのだ」、ニーチェは言います。この世界全体には何ら必然性も根拠も理由もない、ただそうであるだけ、ただの偶然だと。でもそれは同時に必然でもある。ニーチェは、そんな偶然でもあり必然でもある「運命」を愛すること、「運命愛」の重要さを説いたらしい。(浅学がばれる)

 どんな相手であれ、自分のパートナー及びパートナーだった人間は、いずれも偶然(と同時に必然的に)結ばれた「運命の相手」であり、その人との良い思い出も、悪い思い出も含めて「運命」で、それを丸ごと愛せるかどうかが、最終的には自身の生の肯定へとつながるのかもしれませんね。知らんけど。いないけど。

 



「運命の相手」と今日こそ出会えるといいなーーʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʕ•̫͡•ʕ•̫͡•ʔ•̫͡•ʔ?????

(クソでかため息)