結婚28年目を迎えました。

28年前、実家から逃げ出すために
たった3ヶ月のお付き合い期間で
妊娠・結婚・出産で親になったわたしたち。

お互いを知る期間も決して長くなくて、

「この人しか見えないっ!!」

みたいな大恋愛というわけでもなくて、
ただの「とにかく実家から逃げ出す目的」だった
19歳とそれに付き合ってくれた22歳の結婚は、

周囲の予想を超え、お別れの門出も
人並みにあった中、28年目を迎えました。

独断めちゃくちゃ仲がいいとか、
ものすごく人間ができてるとか、
子供のために!とか、
本当そんなものはお互いになくて、

だけど何か一つ
大切にしてきたことは何?と聞かれたら、

▷間違えた時はきちんとあやまること

あまりにも謝らない時は、
「あやまれー!!」って強制することも
たまにあるけれど

その時も形だけじゃなくて、
きちんと。理由と共に謝まり合う。
うやむやにしない。

これが私たち夫婦がなんとかここまで継続できた
理由の一つなのかもしれません。

ふと、夫は私に巻き込まれたのではなかろうか。
28年目にして疑問が湧いてきました。

そこで夫に伝えました。
「巻き込まれたのに、長い時間付き合ってくれてありがとね。」

すると夫は言いました。
「今が幸せやから、いいんです。」

19歳と22歳の2人はどう思うかな。

仕事が飛躍する中、
今年はきっともっと忙しくなる。

だからこそ、
一瞬一瞬、家族との時間を大切にしよう。

頑張ってくれた夫に
頑張ってきた私に
大切な子どもたちに感謝を込めて。

 

 

 

【講演会のご報告】
日時/2026年1月25日(日)
場所/埼玉共催会館
タイトル/あきらめることを、あきらめませんか
主催者/江原徳さん

著書「ピンヒールで車椅子を押す」の中でも
登場いただきました、亮夏が高校一年生の時。
@ryoka0619sekaiwomawaru
1人キャンプに挑戦した、
そのパートナーになってくださったのが
フリーの理学療法士でもある、主催者江原徳さんでした。
@reha._lab

徳さんが私に託してくださった想い。
それは「感謝」でした。

障害児のことが知識しかまだわからない、
そんな駆け出しのころ、
関わり方やコミュニケーション、親の思い、、。
様々な大切なことを教えてくれた人。

それが、支援先で出会った、
子供たちの保護者の皆さんだったそうです。

そんな保護者の皆さんに、今度は恩返しがしたい。
その気持ちで、今回講演の主催を決意されました。

当日の講演会会場には、
障害や難病と生きるご家族がいる方、
当事者、支援者の皆さん。
また障害に有無に関わらず、
幅広い背景をお待ちの皆さまがお越しになっていました。

中でも、ご参加頂いた子どもたちの姿が
とても印象的でした。

講演前に泣いていた小さなお子さんは、
講演が始まると
最後まで泣かずに参加してくださいました。

京都からお越しの
知的障害ある息子さんとお母さんは、
親子で初めてとなる新幹線の旅に
この講演会を選んでくださいました。

彼は講演中、途中何度か声が出ることがあり、
お母さんが気遣って外に連れて出られましたが、
「中に戻りたい」と気持ちを伝えて、
最後まで会場の中で聞いてくれました。
@narakoenkai0615

三兄弟で参加してくれたご家族。
最後に「よかった」と、きちんと挨拶に来てくれました。
@yuki0.25.369

また別の小学3年生の女の子は途中涙を拭いながら
講演に聞き入ってくれていたそうです。

また、ママたちの愛も凄かった!

お子様の預け先を懸命に作って、
サポートスタッフとして支えてくださった
医療的ケア児を支えるママのコミニティー
「カラフルサロン」
@colorful_smile.ikea
代表西山綾子さん、共同代表今林朋希さん
お2人がいてくださったからこそ、
たくさんの必要なみなさんに講演を届けることができました。

徳さんはそんな皆さんに、
最初から最後まで感謝の言葉を述べられていました。

「1人でがんばらないで。みんなに頼っていい。」
「事実は変えられない。でも捉え方を変えてみて。
そこに希望があるかもしれないよ。」

あきらめることを、あきらめませんか。

徳さんの温かい愛が、35名の皆様の心に
温かい灯を灯しました。

徳さん、主催いただき本当にありがとうございました。
徳さんを支えてくださった、徳さんのご家族の皆様。
カラフルサロンの皆様。吉井麻美さん。
サポートスタッフの皆様。
本当にありがとうございました。

*・゜゚・*:.。..。.:
これからも日本全国の主催者さんの想いを
私の講演とともに届け、日本を希望に満ちた国にする。

その決意のもと講演を届け続けます。

年間目標参加者人数 5714名
ご参加者さま 35名
2026年1月25日現在累計 5276名

 

 

重度脳性麻痺でもある息子が、
自らを活かし学生へ講義を届けるイキプロ。
(生きる教科書プロジェクト)

未来の保育士を目指す学生との3度目、
今年度ラストの講義。
締めの言葉を私は彼に求めた。

それまでのおよそ90分の講義で、
麻痺によって出ずらい声を酷使したことで
さらに出ずらいであろう声を、
彼は慎重にコントロールするように
体や顔の向きを整え、言葉を紡ぎ出す。

「いろんな、失敗、迷うこと、たくさん
してください。
笑顔に,なれる。

生きて。」

生きて。

人生とは誰と出会い、その出会いをどう育むかで
豊かさは変わる。

だったら、ああこの人に会えてよかった。
あの時あの人に出会えてよかった。

そう思ってもらえる人でありたいと思うし、
特に学生には、私たちのと出会いが
そんな出会いであれますようにと願う。

たった一つの言葉との出会いで、
命が繋がることがある。

彼との出会いが、出会ってくれた学生の未来を、命を
温かく,力強く包むものでありますように。

そう願いながら、私たちは教室を出たのだった。

 

例えば、耳が痛い話をされたとして
それをどう捉えるかで、
人生は大きく変わるなって思う。

耳が痛い話を、
①そんなこと言う相手を責めるか
②自分の行動に落とし込むか

せっかくなら成長のチャンスと捉えた方が
絶対に面白い。

相手を責めてもいいよ。
でもそれだけで終わっちゃだめ。

どんなことも力に変えてやるって、
決めるのよ。

大丈夫、
私たちはもっと強く、もっと優しくなれる。

だから誰かを攻めたままで終わっちゃダメだよ。
勝ち負けなんかないけどさ、
それじゃ明らかに負けだから。

最後は笑って感謝する太さを持てたもん勝ち。

皆さんはどんな一年でしたか?

プライベートでは娘の受験があったこと。
お仕事では新しいセミナーのスタートや、
3名の講演家デビュープロデュースと、
目まぐるしくも、一気に駆け抜けた。
そんな一年だったように思います。

でも一つだけ、いつもと違ったことがあります。
今までそこにあったのに気が付かなかった、
とても大切なことに気がついた1年でもありました。

織恵

私の名前についてです。

子どもの頃、ちょっと珍しくて美しい響きがあるこの
自分の名前が苦手でした。

私は美しくない。
私は恵なんてない。
どこか人と違うことをしろと言われているような
目に見えない圧力のようなものを勝手に感じていました。

でも年をさかね、次第に自分の名前と私自身バランスが取れてきて、いつしか名前が好きになれていました。

2025年に入って、
大勢の方の伝え方のサポートをさせていただくことで、
やがて一人一人の人生に触れてゆきました。

そして、受講生お一人お一人のストーリーが
これほど素晴らしく、尊いものなのか。

私は毎回感動して、愛おしくて、どうか全てのストーリーが社会へもっと届きますようにと祈り、伝えてゆく中で

ハッとしたんです。

私は今、一人一人の人生を糸として、
丁寧に「織」り込み、
社会の「恵」みにしようとしている。

両親はこんな私になるように望んでいたのかと。

自らの行いで人の役に立ち、人を幸せにできる子に
なりますように。

【織恵】

そんな今は亡き父の思いに初めて触れられた気がした、
そんな2025年。

氏名・指名・使命。

もう重荷だなんて言わないよ。

この名前に誇りを持って、
2026年。

また新たにきっと出会う、
まだ出会えていない皆さんと
その命を丁寧に未来へ繋げてゆきたいと思います。

今年出会ってくださったみなさん、
一緒に活動できたみなさん、
本当にありがとうございました。

2026年も引き続きどうぞよろしくお願い致します。

畠山織恵👠