重いテーマではありますが、今年に入ってからのお話を書いてみようと思います。
あーちゃんは、予定通り1月4日に退院しました。
ただ、ずっと末期癌と闘っているおじいちゃんのことがあり、あーちゃんをしっかりケアできない状況下にありました。
年末一度、身内を集めるほどの危篤になり、新年を諦めていたにもかかわらず、持ち前の根性で持ち直し、まだ意識のあるうちに、新年を迎えることができました。
1月7日新学期、あーちゃんは、転校を期に特別支援学級に転入しました。この小学校には、支援学級が3クラスあり、その2クラスが、発達情緒障害児クラスです。
あーちゃんを含めてクラスメイトは5人。みんな、歓迎してくれました。
これまで、「普通」にこだわっていたあーちゃんですが、学校の雰囲気、普通クラスの対支援学級への意識の濃さ、学習内容にほぼ満足し、通えると実感したようです。
当面は慣れるために、二時間目まで…という指示ですが、ここに来ておじいちゃんの容態もいよいよ終わりを迎えようとしてきました。
毎日泊まり込みで付き添う義母に少しでも休んでもらおうと、二時間目終了後あーちゃんを迎えにいってから留守番をさせ、病院に。
これを数日続けた12日夜、家族みんな、親戚の方々なんと20名程に看取られ、永眠しました。
あーちゃんは、身近な人の死に直面するのは初めてなので、受け入れきれず、ずっとパニックをおこしていました。
薬量が増えるのは致し方無いのですが、思ったままを口にするので、いろんな意味でたいへんでした。
寒いのに、なぜドライアイスで冷やすのか?体が冷たいので暖めようとしたり…
葬儀の出棺の時には、狭いし暗いから蓋をしないで…斎場では、火葬の前に熱いじゃん!ひどいよ。やめてー焼かないでー!と泣き叫びました。
普通の人なら、悲しいけれど葬儀の流れとして静かに受け入れることが…
人の気持ちをうまく汲み取れないあーちゃんではあるけれど、感受性は強いので、自分の感じたままを口にしたかっんだ、それほどおじいちゃんが大好きだったんだと涙があふれました。
疲れたんですかね…私…
拾骨が終わったあたりから、具合がわるくなってきて、発熱。
翌日病院に行ったら、インフルエンザでした。今、お布団の中です。
必然的に送り迎えができないので、あーちゃんもお休みしてますが、また改めて、書き始めますね。
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