どんなスタイルであろうとも…
注意書きや前置きを宣言して設定しようとも
そういうのって、単なる小技でしかないなぁ
何かを発信するっていう行動には、責任が伴いますよね?
特に強い目的意識でブログを運営なさってるそうなので尚更だと思うのは、わたしだけではないと思います。
反論や意見や注意等のコメントが入って
無碍にしたり、削除?承認しないとかは
単なる…自分の意に沿わないコメントを
排除するんだと思われても仕方ないよね。
そりゃ
万人に気を使うなんて無理ですよ。
もっと簡単な話しなんだけどなあ。
自分のブログのスタンスや自己分析もなさってるんですから、人を傷つける恐れがある
っていう自覚がないのは残念としか言いようがないです。
少なくとも、わたしは拝読させて貰って
悲しい気持ちにもなりましたし
傷ついてるいる方もいます。その現実を
伝えたくこうして書いています。
あなたも、わたしも、ブログを利用する人は大なり小なり『承認欲求』って
ありますよね。
ある種の括りの中に
プライドが高いだとか断言してましたが…
うん、あなたも
とてもプライドが高いという印象です(^^)
承認欲求、プライドが高い、難病、車椅子、
精神疾患やら、病名は敢えて書かないでおきますね…。
あなたが好んで使うワードの数々は沢山あるけれど…ネガティブキャンペーンみたいです。
主張したい事より目立つから、実際に
難病や車椅子を使う必要のある方からすると
誤解や不愉快な気持ちや傷つけてしまう
リスクを孕むんじゃないですかね?
ご自分の病気の事しかなんて…やめて下さいって。
他の病気のことも指摘したり断言したり
書いてるじゃないですか?
あなたは医師ではありませんので、そこまで
断定や断言は出来ないでしょうに。
誰でも自分だけの物差しを持っています。
使い方を間違えると、人を傷つけたりするから…そこを気をつけるように…わたしは心がけています。
それでも自分の記事で誰かを傷つけてしまったならば、ごめんなさいと心から言える人で
ありたいと思っています。
否定と批判だけじゃ建設的じゃないし
何も変わりません。
啓蒙や啓発という崇高な志しがあるのならば
もっと偏りのない客観性と質問者への誠実な回答や時に抗議もあるのだという覚悟は必要でしょう。
言いたい放題なら誰にでも出来るんですよ。
努力でどうにかなる症状もあるでしょうね。
問題なのは、それをやらない人じゃなくて
やりたくても出来ない人が置いてきぼりに
なっていませんか?
続く。