美術に何の知識もないんだけど、アートに対する好奇心だけは溢れてるので、鑑賞してきた美術館について、書いていきますシリーズ。
まずはロダン美術館。
ロダンとは、フランスの彫刻家で、本名はフランソワ=オーギュスト=ロダンさん。
19世紀の代表彫刻家であり、近代彫刻家の中でも評価されている。CMでよくみる「考える人」を制作した人。美術館の庭に実際に置かれてました。
ロダンさんはパリ在住の労働者階級の2番目の子として生まれてきた。10歳のとき、初めて絵を描いてみて、美術に興味が湧いたとか。14歳のとき、地元の工芸学校(今でいうアートスクール)に通い始めて、子供に絵やデッサンを教える先生から評価をされていた。けれども違う学校に行きたくなり3年後には退学。よし、新しい学校へ行くぞと入試を受けに行ったけど、課題が評価されなかったので不合格。。。
時代の流れ的に貧しい時代だったので、ロダンさんは17歳にして、室内装飾の職人として働くことになったが、次の道を模索しながら働いていた。そんな時、姉の死によりショックで修道士見習いになって、神道を歩もうとしたが、司教に君には向いてないよと諭され、23歳にして動物彫刻家アントワーヌ=ルイ•バリーに弟子入り。24歳に結婚し、子供をもうけた。その一方で、装飾職人としての労働も再開。(彫刻にどハマり中な時期だったんだ)
しかし、戦争の時代だったため、これでは食っていくことができないので、ベルギーへ移住。友達に紹介してもらった建設作業に加わり、6年滞在し続けることなる。密かにロダンさんは独学で彫刻の技法を修練していた。35歳のとき、念願だったイタリア旅行へ行き、そこで彼の彫刻に対する情熱に火をつける事になった。ドナテッロとミケランジェロの彫刻に衝撃を受け、ベルギーへ戻った後、すぐに彫刻家としての活動を開始。
ここから彼の彫刻家としての人生が始まる。
青銅時代という作品で一気にフランスで有名になっていき、たくさんの作品を世に残すこととなった。
彫刻6600点、デッサン7000点、がロダン美術館に収容されている。
このロダン美術館は以前、所有者は別の人で、ホテルとして利用されていた。所有者からフランス政府が買い取る話が進む中、ロダンさんは「私の作品とコレクションを国家に寄付するので、ここを美術館として残してほしい」と提案し、それが通り、いまの美術館となっている。
彼は作品だけでなく、人生までが凄かった。遅咲きなアーティストだけど、世に残る彫刻家となった!彼の作品を鑑賞して思ったことは、人間の形をそのまま彫刻にするのは難しかったに違いないと言うこと。特に首から肩にかけてのバランス。年を追うごとに完成度が高くなっているのが見られたので、研究したんだろうなぁと。デッサンを見られなかったのは残念だけど、、機会があれば、もう一度行ってみたい。
彫刻においては、イタリア旅行から学んだことが多かったように感じたし、独学でここまでやってきたことにも尊敬した。
イタリアの彫刻も見たくなった会でした。
ロダン美術館