くっきりした青空に、輝く太陽がにあう季節になりました。夏の灼熱の太陽は無くなり、とても心地よい日差しを当ててくれます。いい季節になりました。
この天気の様に僕の生活環境も快適になってくれたら、どんなに良い事か。。。
現実は地獄のままでした。
昨年の秋に引っ越しした隣の集団ストーカー加害者宅は、自宅を売りたいと不動産屋に言っているらしいです。
加害者は現在、隣町の唐津一番の高級住宅地に住んでいます。旦那の実家になります。
不便なこんな山の中に住んでいるより、都合がいいと思うのですが、喜んで実家へ行ったようではないようです。
僕への加害は稼げたのか?奥さんの方は、時々隣の自宅へ戻って来ては、僕に攻撃を掛けてきます。
隣が空き家になっても、結局他の加害者が二交代で入っており、何も変わっていないのが現状です。
その内ここも、他の加害者の家族持ちに買わせて、執拗に僕への加害を24時間してくるのでしょう。
中段の家も売りに出されることも無く、購入者が決まったようです。現在リフォームが進行中ですが、急ぐでもなく、僕の生活に合わせながら、大工など職人たちは、作業音もあまり出すことなく、家の中にいるようです。
何をしているのやら、僕の動作に合わせながら、電磁波や磁力線を照射してきています。
不動産屋は加害者側と思えましたが、やはり入って来る業者は全て僕を攻撃してきます。仕事など三所半で全く進んでいません。日本の住宅産業がこのような状態だから、日本は停滞していくわけですね。朝鮮族は仕事より、ターゲットを攻撃するタイミングだけに集中している訳ですから。それでも日本は、世界3,4位に位置する経済大国ですから、この犯罪をしている朝鮮族を一掃して、日本人で国を運営したら一位の座に付けるかもしれないですね。この朝鮮族の足かせを外すと、日本は素晴らしい発展を遂げること間違いなしです。
日本と言う国はいつの間にか、朝鮮族が総理になり、公務員も朝鮮族で固め、電子武器で日本民族を虐待しながら始末していき、日本民族を滅ぼしかけている。そんなシステムが朝鮮族によりつくられている。日本は崖っぷちに立っていますよ!
さて、我々日本人の足を引っ張っている集団ストーカーの一番恐ろしい攻撃は、マインドコントロールです。
その手法は、人の精神、感情を自由に操り、意のままに行動させます。言葉や身体危害も併用する場合もありますが、通常はターゲットと接触することなく遠隔操作で操っています。
人を操るというと、人の身体に電極を付けてケーブルで信号を流すイメージがあるでしょうが、そういうことはありません。無線リモコンで人を操ります。数年前、ドコモのCMでしたか、ピアノを弾けないタレントの腕か指に電極を付けてピアノを見事に引かせるのがありましたが、あれを無線でやるのが集団ストーカーなのです。
NTTも無線接続でやろうと思えば出来るのではないかと思いますが、無線で人を操って見せると、集団ストーカー犯罪被害者が気付いて騒ぎ出す恐れがあるので、無線コントロールを封印しているのではないかとも思えます。
僕の見解は、NTTは集団ストーカーと関係が深いと睨んでいます。
人の身体は生体電流で制御されていますので、そのメカニズムの解析ができれば、理屈的には人工的な信号を作って流してやれば自由に制御できるはずです。素人がピアノの演奏ができるようになるのも、ピアノ奏者の演奏したデータを取って、そのデータを素人の人に流してやれば、練習しなくてもピアノ奏者の様に指が動く様になるでしょう。
データの無線送信の場合は、電波などの搬送波にデータをミックスして、対象者に照射してやると、データ通り、勝手に指が動いて演奏してくれるでしょう。理屈では簡単に言えますが、対象者に当たったデータがうまく体内の神経に到達できるような加工修正は必要かと思われます。集団ストーカー被害者は、どこからか飛んでくる電波で、言動が操られる被害経験を積んでいますので、脳に働きかける無線コントロール技術の存在を否定する根拠はありません。
人の思考を覗いて、ロボットを動かす様に操縦する技術とはいったいどのような仕組みになっているのでしょう?
解明の参考になったのが、妻と別居する切っ掛けになった喧嘩にヒントがありました。
妻との言い合いはリアルタイムで話が出来ており、タイムラグなど生じませんでした。つまり、脳に電磁波など当てて、その反射波で思考を読み取り、それに受け答えをするというような仕組みではないという事でした。
妻とは些細な事で言い合っていましたが、本来の妻とは少し違った違和感を感じていました。喧嘩しているのだから、普段とは違うのは当たり前だろうと言われそうですが、顔の表情と雰囲気も変わってしまっていました。言い合いがエスカレートすると、言葉使い迄変わってきます。酷いときは男言葉を使う時もありました。これは、子供を叱る時に時々出ることがありましたが、これまで僕に対して出ることはありませんでした、喧嘩自体ほとんどしたことが無かったという事もありますが、妻の母親がとても起こった時に、男言葉を発するのを見たことがあったので、そういう所は母親譲りなんだろうなと思っていました。それが初めて僕に向けられたのですが、僕の方は喧嘩をしているつもりは全くなく、妻の言いがかりに対応しているだけでしたので、割と冷静に妻を観察することが出来ました。
別居の決断になるまでは数日間ねちねち言いがかりをつけられていましたが、その間妻の人格が完全に変わる瞬間が何度かありました。二重人格が現れる人がいると聞きますが、二重人格どころか三重人格、あるいは四重人格が現れたかもしれません。妻の豹変ぶりはマインドコントロールのせいだというのは最初から分かっていましたので、誰が操っているのかを考えながら妻に反応していました。普段妻に乗り移っているのは、隣の奥さんか?言葉遣いも荒くなり、足で蹴って暴力を振るっている時は、その娘か?男言葉の時は、旦那か裏山の北朝鮮工作員、あるいは娘の子供20才の男か?
つまりマインドコントロールで操る場合、操っている奴の個性が出るという事のようです。男言葉になった時は、男が自分のままで乗り移ったからなのでしょう。
つまり多重人格は本当にあるという事です。しかしそれは、悪意を持った朝鮮族が作り出した現象に過ぎないという事です。
マインドコントロールの怖い所は、犯罪や自殺、そして他殺も本人の意思にかかわらずやらされるという事です。
毎日起きている事件事故のニュースに、明らかにこれが要因と思われる案件が見受けられます。
その逆の、善行をして人助けになったというニュースは非常に少ない事から、マインドコントロールは、悪事にしか活用されていないようです。朝鮮族の本質が良く分かる例だと思います。
マインドコントロールにかかっている状態は、自分の経験から言うと、依存症にある状態と同じだと言えます。自分のお気に入りの事をしていると楽しくて満足感がありますので、いつまでもしていたいと思うでしょう。どこかで区切りをつけて止めないといけないのに、中々やめることが出来ない、ゲームをしている時とか美味しいものを食べている時とか、誰にでもあると思いますが、それは本人の意志が弱いのか、本当に依存症になっているのか、判断が難しい所はありますが、自制心が負けているなと感じる時は、間違いなくマインドコントロールに遭っているでしょう。そんな日常の他愛もない生活の中でも、集団ストーカーはターゲットを意のままに操ろうとしています。
50年前の話になりますが、たばこの依存に陥ったことがありました。
タバコを吸う習慣は無かったのですが、列車通学で大学へ通っている時に仲間からタバコをいつも勧められて、断り続けていましたが、二十歳になると付き合いも大事かなと思い、たばこを勧められると一本貰い、ただ吹かしていました。
ある時、自分の部屋で、多分何もしなくてボーッとしていたと思いますが、無性にタバコが吸いたくなりました。
タバコは吸っているふりして、口の中に一旦溜め吐き出していただけでしたが、それでもタバコ依存症?
まずいなーと焦りました。いつもは本を読んだり、ギターを弾いたり、何かをしていますが、その日はただボーッとしていただけでした。タバコが吸いたい。そんな気持ちになったら、それがどんどん膨らみ、とうとうタバコを買いに行きました。当時仲間が吸っていたのは「セブンスター」でしたかね、それを買って帰り、早速吸ってみましたが、もちろん肺には入れず、口に含んだら吐き出すだけです。全然おいしくも無く、嫌いな臭いの煙です。おかしいな?あんなにタバコを吸いたいと思ったのに、いざ吸ってみたら、やっぱり嫌いなタバコの臭いだった。変だなと、もう一回煙を口に含んでみましたが同じでした。なーんだ!とタバコの火を消し、残りのタバコはどうするかと一瞬考え、父にあげても「ピース」の愛煙家なので、セブンスターなんか吸わないだろうなと思い、ゴミ箱へ捨てました。
不思議な事に、これを境にタバコを吸いたいという気持ちが起きなくなりました。そして通学仲間から貰っていたタバコも、お付き合いはもういいだろうと、前の様に一切断断って行きました。
その時の不思議な出来事が何であったのか、40年後の集団ストーカー被害に気付いた時に謎が解けたのでした。
マインドコントロールです。少なくとも昭和50年頃にはマインドコントロールの被害を受けていたのでした。
もしあの時、たばこが美味しいと感じていたら、おそらくスモーカーになっていたのかもしれません。
長くなってきたので、今回はここまでにして、次回に続きを書きます。
マインドコントロールで、グループを崩されたチューリップを最近よく聞いています。
集団ストーカーさえなかったら、消えたアーチストやバンドが今も健在で活躍していたと思います。
古い曲ですが、未だに心に沁みます。聞いてくださると幸いです。







