洋服屋に勤める妻の熊子が、一昨日というから月曜日であるが、仕事を辞めると表明した。


最前から辞意を漏らしていたが、きっぱりと言い切ったのは今回が初めてである。


売り上げが長期低迷している洋服屋は現在、社長の鶴の一声で新ブランドを投入し、存亡をかけたフェアの真っ最中であるが、売り上げは伸び悩み、店長以下、憔悴しきっているという。


熊子も同様に先週まで落ち込んでいたが、日曜日に唯一個人予算を達成し、面目を保った。


普通なら歓喜雀躍するところだが、その夜はどこか吹っ切れたような冷めた様子で、遠方を見詰める目をしていた。


一大事業を成し遂げるような大人物は、人前で軽率に喜びを表現しないものなのかもしれないと感心も得心もし、熊子がもはや手の届かない遠い存在のように感じた。


本人に確認したわけではないが、個人予算を達成したときに退職を決断したのだろう。


「自分は十分にやるべきことをやり切った。老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と一人しんみり声に出したに相違ない。


男なら、かくありたいとぞ思ふ。


ちゅわけで昨日、店長に辞意を伝えたところ、明日というのはつまり今日であるが、昼休みにゆっくり話そうと提案されたらしい。


今日は残業のため会社にいてまだ熊子と会っていないが、先ほどメールが来た。


「あとで相談があります」


何があったのだろう。


気になって仕事に集中できない。